サードプレイスとしてのジャイアントルームの特徴
また、ジャイアントルームには、公共空間としての管理方法にも、市民の感性や創造性を高める上での工夫がなされている。休館日である火曜日と年末年始を除く毎日10時から19時の間、展示替え期間であっても、誰もが気楽に利用することができる。作業効率の高いテーブルとイスのほか、電源やWi-Fiも完備され、館外からの持ち込みによる飲食も許容され、デスクワークや勉強を行う上で快適な環境が整えられている。また、美術館で行われる企画などのミーティングも、ここでオープンに行われている。さらに、ジャイアントルームでは多彩なイベントが開催され、市民による作品などの展示やワークショップ、シンポジウム、音楽コンサートにとどまらず、学校教育と連携した公開型の美術の授業や、地元のお酒を味わう飲食イベント、更には市民や企業への貸出もされており、持ち込みの企画として、大学の学園祭や、バスケットボールの3×3の試合まで開催されている。このように、特定の目的を持たずにジャイアントルームに訪れた市民が、そこでの企画や打ち合わせ、隣接する展示室の作品に偶発的に出会い、何か創造性のタネが生まれるかもしれない仕掛けが施されている。
ジャイアントルームがそのような自由な空間として機能する上では、2つの建築的特徴が大きな役割を果たしている。一つは、あらゆる建築的要素の可動性であり、この場所で開催されるイベントの規模に応じて間仕切り壁を動かして空間を分節し、テーブルやイスも適切に配置される。また、このようなレイアウトの変化は、いつ訪れても異なる景色を生み出すことで、美術館が生きているかのような新鮮な印象や刺激を日常のなかで利用者に与えるのである。もう一つの特徴が音環境であり、音楽のコンサートにも適した音響性能であるだけでなく、平時の利用においても、周囲の会話や作業の音があまり気にならず、逆に自らの会話のプライバシーもあまり気にならない、適度な残響がデザインされた快適な空間となっている。これら2点の建築的特徴により、様々なプログラムや活動、人々が違和感なく混在し各々の存在や活動がBGMのように馴染むようなふれあいから始まる環境が作り出されている。
アートプログラム「ジャイアントルーム開拓団」
前述のように、ジャイアントルームは、自由な使われ方が最大限に許容される管理が行われているものの、実際に自由な利用を促す上では、積極的な働きかけにより、利用者の精神的抵抗を軽減することも重要となる。そこで行われたのが、公共空間の私的で自由な使い方を考え、実践するワークショップである「ジャイアントルーム開拓団」(以下、開拓団)である。市民の創造性を育むこのアートプログラムは、2022年から2023年にかけて3日間で行われ、講師として、このワークショップのコンセプトである「PUBLIC HACK」の提唱者である笹尾和宏氏、広場運営の専門家として筆者が(山下)、このプログラムの主催者である八戸学院地域連携研究センターのセンター長である堤静子氏が関わった。参加者は30人ほど、そのうち約半数は美術館の職員だった。
ワークショップのコンセプトである「PUBLIC HACK」とは 「公共空間において、個人それぞれが生活行為として自然体で自分の好きなように過ごせる状態であること」を指す。これが実現する上では、公共空間の利用者と管理者が互いに配慮し、良好な関係にあることが肝要である。ワークショップの参加者の約半数は美術館スタッフであったのも、そのためである。
ワークショップは、大きく3つの段階からなる。初めに行うのが、参加者がイスを持って美術館を飛び出し、街のどこか好きな場所を選んで、イスを置いて座ってみるという「チェアリング」である。参加者たちは、まちなかの広場や歩道などにイスを置き、周囲を行き交う人々に見られながらも、思い思いの時間を過ごす。美術館の備品であるデザイン性の高い椅子だったこともあり、運搬の姿からアート作品のような様であり、これは、公共空間で私的な活動を行うことへの精神的な障壁を取り除くための第一歩として重要であった。
開拓団の2段階目は、「ロールプレイング」であり、美術館の職員とその他の参加者たちが、互いに立場を入れ替えて議論を行う。すなわち、職員は「公共空間の利用者」の立場に、その他の市民参加者たちは「公共空間の管理者」の立場になりきり、例えば「スケートボードをしたい利用者とそれに対応する管理者」といった設定で、互いの主張をぶつけて議論を行う。職員も市民も、相手の立場を疑似体験し、各々の主旨や考え方について理解を深めることで、職員は市民による公共空間の自由な利用にもっと寄り添い、市民からの提案をなるべく断らず、実現する方法を共に考える姿勢を持てるようなきっかけになった。逆に市民は、「管理者に提案しても断られるだろう」と思わず、まずはダメもとであっても提案してみようという積極性を持つとともに、人として職員をあまり困らせないような利用の節度をより意識したり関係性をもてたりするようにもなる。このように、公共空間の利用者と管理者双方のマインドセットを前向きなものへと変えていくのが、この「ロールプレイング」というワークショップ手法である。
そして、開拓団の最後の段階として、実際にジャイアントルームで「私的で自由な活動」を実践することとなる。実際に参加者が行った活動には、太極拳、ボードゲーム、占い、紙飛行機を飛ばす、寝袋で寝る、などがあった。「チェアリング」と「ロールプレイング」の段階を経た参加者たちは、ジャイアントルームの使用の規則を最大限活用しながらも、他者に迷惑をかけないことを欠かさず意識するようになり、例えば紙飛行機を飛ばした参加者によると、人に当たらないように、美術館の壁面の凸凹に飛行機が引っ掛からないように、飛ばし方に配慮をしながら、風のない屋内の大空間で飛ばすことを楽しんだという。いずれの活動も、家で行うのとは違い、人に見られている環境であるからこその緊張感や刺激、楽しさがあるはずである。
笹尾氏によれば、PUBLIC HACKは自分自身に対する創造的な表現に立脚し、結果的に不特定多数の人に見られているものの、鑑賞者の存在を前提とするアート表現を企図していない。だからこそ「私的で自由な活動」では、各活動をフレーミングして来訪者に殊更に見せるような演出も行われなかった。重要なのは、参加者による私的で自由な活動が、まるで静かなうごめきのように、同時多発的に起こる状況が日常化されていくことであり、そのことがジャイアントルームの印象を変え、次なるPUBIC HACKを喚起するのである。
”美術館らしい”とは何か?
このように、八戸市美術館は、ジャイアントルームというサードプレイスのデザインとマネジメント、アートのまちづくりと都市デザイン的戦略、そして市民による公共空間の自由な利用を促進するアートプログラムにより、美術館の可能性そのものを開拓しつつある。その推進力となったのは、この美術館の元副館長であり、文化行政に長く携わり、美術館再整備にも構想段階から深く関わってきた行政職員・高森大輔氏の個人的体験であった。高森氏は、2010年に埼玉県北本市で、北本ビタミンプロジェクトというアートプロジェクトの一企画として行われた「筋トレハウジング」に参加した。これは、古びた空き家1棟を200人で担いで持ち上げるという、合目的性の見えない行為であるものの、まさに持ち上がったその瞬間に心を動かされ、アートの概念を壊され、人生観が変わったと感じるほどの衝撃的な体験をしたと語る。そのような高森氏の情熱によって実現することとなった八戸市美術館、さらには開拓団というアートプログラムは、いわば、八戸市において高森氏が感じたような、「アートに心を動かされ、生き方が豊かに変わるきっかけ」を増やすための取組でもある。
八戸市美術館は、リニューアルオープンから間もなく3年が経つが、全国的にも先駆的な取組を見せるばかりに、”美術館らしくない”と批判に晒されることも少なくないようである。しかしながら、開拓団のようなアートプロジェクトを続けていくことで、各々の公共空間の使用規則を最大限活用しながら、他者に迷惑をかけないことを欠かさず意識された上での「私的で自由な活動」のマインドが耕され実感されていき、この美術館が目指す方向性についても、共感の輪が少しずつ広がっていくことだろう。”美術館”という言葉から想像される一般的なイメージを崩す、あるいはルールを捉えなおすことで、八戸市美術館は、目的意識を持たずに訪れ、自由な活動をすることのできる、創造性を育むサードプレイスとして、市民に愛されていくに違いない。