コラム

公共空間とアート―オープンな公共空間をめざして


公共空間活用の難しさ

本稿では、公共空間とアートについて、公共空間活用の観点から考えてみたいと思う。公共R不動産は、「公共空間をオープンに。”パブリック”をアップデートするメディア」として、遊休化した公共空間の情報を全国から集め、それを買いたい、借りたい、使いたい企業や市民とマッチングするウェブサイトとして2015年にスタートした。

始めた当初は、「元消防署が売りに出てる!」「島を丸ごと借りられるらしい」といった、建物や土地そのものが持つ特殊さを無邪気に面白がり、発信したいと思っていた(ちなみに今日時点で借りられるもあるので、公共R不動産が運営する公共不動産データベースをチェックしてみてほしい)。しかし実際のプロジェクトに携わるうちに、買ったり借りたりできる公共空間というのは公共空間全体のごくごく一部であり、情報に辿り着くのにも一苦労、使うまでにはさらなる調整が必要、ということがわかってきた。「自由に絵が描ける壁はありませんか?」という問い合わせをアーティストの方から受けたこともあったが、市営住宅の壁からトンネルまで、一口に壁といっても所有者も管轄も法律も全く異なる。廃校のように、当初の役目を終え、遊休化した施設であっても、自治体による用途廃止や活用方針の決定が必要であり、使っていないからとりあえず貸す、ということはできない仕組みだ。

公共施設であれば、料金や使用目的は設置条例の文言に縛られるし、たとえそれがイベントなど一時的なものであっても、自治体・警察・消防に保健所など各所との調整が必要になる。公の、「みんなの」ものであるからこそ、不公平や不公正が起こらず、安心安全で、なるべく各所に摩擦を起こさないような制度設計がなされているわけだが、その結果、禁止事項だらけの公園や使用制限だらけの広場が生まれてしまう。

それでも、ここ数年で公共空間でも規制緩和が進み、各地のエリアリノベーションやプレイスメイキングの取り組みもあって、潮流は変わってきた。「公民連携」、「稼ぐ公共」といった言葉も普及し、公共空間を活かそう、使おう、という機運が生まれてきたように思う。長崎県波佐見町のHIROPPAや、有楽町のSlit Parkなど、民間企業がつくる公共的な空間も増えてきた。

HIROPPA (撮影:公共R不動産)
HIROPPA (撮影:公共R不動産)

公共空間の価値が見直される一方で、一人のクレームで公園がなくなるという話題があったが、果たして公共空間とは誰のための場所なのか、設置の時に住民合意は必要か、そもそも何をもって住民合意とするのか、運営や管理は誰がどう行うのか、運営者の選定方法は、といったことに思いをめぐらせたことはあるだろうか。公共空間を支える「公共」の概念も問い直す時期に来ていると言えるだろう。

建前や言い訳が必要な公共空間のアート

これは公共空間におけるアートにもあてはまる。誰のためのアートなのか、誰がいいと言えば実施できるのか、それを享受する人には誰が含まれ誰が排除されているのか。そもそも何を「アート」とみなすか、さらにそのアートの中でも何を公共空間での表現として認めるかは、自治体の、ひいてはその後ろにいる市民の判断であり、個別の事情により異なるだろう。

 そのため、実際のアートプロジェクトの多くは、「アートだから」、という理由で実現したわけではない。地域芸術祭という大きな冠や、地域伝統の「祭り」の一部であるという名目で可能になったもの、「防災」であるという位置づけをしたもの、「たまたま踊りながら歩いているだけ」という整理で行われた道路上でのパフォーマンスもある。

 アートをアートとして公共空間で実施することには困難がある一方で、そのアート自体が公的助成や公的な施設・機関によって支えられていることも多く、経済効果や街の歴史の啓蒙、地域振興など、本来アートでなくても代替可能な機能や効果を求められることもある。欧米では、アーティストが触媒となると言われるジェントリフィケーションへの期待やクリエイティブな人材が集住することでもたらされる経済効果を狙い、行政が積極的にアーティストの活動を支援する例もあるが、日本の場合文化政策の多くはまちおこし的な取り組みに紐づけられ、イベント予算として消費され、個々人の創造性の発揮にまで効果が及ばない。ここに、地域活性化の起爆剤としてアートに期待しながら、アートがアートだという理由では公共空間で許可されない、そんないびつな構造が浮かび上がってくる。

  しかし、アーティストと行政はじめ関係者の連携により、場のポテンシャルを生み出し、新しい風景を想像するきっかけとなった事例もある。先日取材した「墨田川道中」においては、2日間にわたり隅田川の流域全体を使い、合計7区、全長23.5kmの区間にまたがり、和楽器集団・切腹ピストルズによる練り歩き、屋形船による遊覧体験、隅田川沿いのテラスや公園、堤防などを使ったマーケット、という3つのプログラムが同時に展開された。130の町会への説明、13管轄の警察署への道路占用許可申請など、主催者による丁寧な関係構築を経て、流域の7区全てからの後援を取り付けたことでスムーズな運営が可能になった。

隅田川道中 (撮影:高田洋三)
隅田川道中 (撮影:高田洋三)

アートで開く公共空間の恒常的な利用

アートという定義すら難しいものが、公共空間で不特定多数の人と出会ったとき、どんな作用が生まれるかは予測が難しい。だからこそ、一時的にでも置いてみる、やってみる、そんなトライアルを重ねていくしかないのだと思う。アートに限らず、規制や法律が網の目のようにかかる公共空間では、小さな実験を積み重ね、効果を検証していくことで新しい風景を生み出すことができる。アーティストであれ、未来のアーティストかもしれない市民であれ、誰かが公共空間でなんらかの表現をしてみたいと考えたときに、それを受け入れられる空間は、オープンだと言えるだろう。そこが開かれた場であれば、トライアルが行われた後で、建設的な議論をすることもできる。そうした議論の蓄積を経て、個人が自分らしくいられる空間に、公共空間を近づけていくこと。アートプロジェクトが、「空間使用の前例」となり、もっと恒常的な利用を開く可能性を信じている。先の隅田川道中では、使われたことがなかった防災船着場に演奏舟が着岸したり、かみそり堤防の上でDJをしたりと、新たな可能性が開かれた。公共空間はまだまだ使えるし、これからどんどん余っていく。今は言い訳を駆使しても、まずはトライしながら使いたい人が使える仕組みをつくっていくことで、アートと公共空間双方にとって、よりよい未来が開けるはずだ。

隅田川道中でのカミソリ堤防でのDJ(撮影:高田洋三)
隅田川道中でのカミソリ堤防でのDJ(撮影:高田洋三)

公共R不動産では、今年2月に「公共R不動産研究所」を立ち上げた。「研究所」と銘打った場をつくることで、すぐに結論は出ない断片的な素材を少しづつ記録しながらオープンな場で議論を積み重ねていき、次なる提言に繋げたいという意図である。研究所では、公共空間とアートも研究テーマの一つに掲げ、アートプロジェクトの実施や設置が公共空間においてどのように可能になったのかを紐解いていきたいと考えている。そこで見えてくる論点もメディア上で(時にはイベントなどリアルな場でも)議論していきたい。本サイトとの連携にも期待してほしい。

トップページ記事サムネイル画像/撮影:鈴木竜一郎

著者について

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松田 東子

まつだ はるこ

公共R不動産

1986年生まれ。一橋大学社会学部卒業後、大成建設にてPFI関連業務に従事。2014年より公共R不動産の立ち上げに参画。(株)オープン・エーで調査・執筆業務に携わる。2017年から2020年までロンドン在住。クリストの公園におけるアート展示やロンドン市の文化遺産政策についてコラムを執筆。2021年University College London MSc Urban Studies修了。共著に『公共R不動産のプロジェクトスタディ』(学芸出版社)


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