コラム

まちを豊かにする非効率さ


滞在中

「都市とアート」というテーマだとつい視野が広がってしまう気がしているので、もう少し実感を伴って語れることから始めたいなと思って色々と言葉を探っていたのですが、いかんせんこのコラムを書いているのは関西地方の山間部の町の古民家の一室です。自身がキュレーターを務めるプロジェクトで、森をリサーチするためにこの町に訪れていました。目の前に広がる山々を前にしていると、「都市」という言葉がどこか遠く感じてしまう気さえします。しかし、考えてみれば現在では多くの人の生活はどこかの都市機能によって支えられている場合が多いのではないかとも思うのです。この町の滞在中も必要な備品をAmazonで注文し、無事に受け取ることができました。物も人も経済も、ターミナルとなる都市を経由していることで、今の生活のリズムが作られているのかもしれません。

そうだとすれば「都市とアート」を語ろうとするときに、それは一部の限られた人達にとってのテーマではなく、実は多くの人と共有できるキーワードにもなるでしょう。そこで、本コラムでは都市やアートという言葉を少し解体して、「目の前のまちと表現」くらいまでスケール感を小さくしたところから始めていこうと思います。それは都市やアートという言葉の網からこぼれ落ちてしまいそうなものを拾うための視点になるのかもしれません。

セツルメント運動に見るアートの社会実装

まずは近年関心を持ち続けてきたもののひとつにセツルメント運動について触れたいと思います。セツルメント運動とは19世紀のイギリスから始まった社会福祉に関する運動で、貧困が課題となっている地域に宗教家や社会改良家、学生ボランティアが移り住み、住民と共に生活改善を行なうというものです。このセツルメント運動の拠点として1884年にロンドンに建てられた「トインビー・ホール」が世界初のセツルメント運動の拠点でした。この場所を訪れた多くの人々によって、セツルメント運動は世界各地で展開されていきます。セツルメント運動ではそれぞれの地域課題に応答するため、保育、診療、法律相談、職業訓練、文化活動など様々な取り組みが複合的に展開されていました。

実はこのセツルメント運動には同時代のアーティスト達が関わっていた事例があります。トインビー・ホールでは、言葉や宗教も異なるコミュニティをひとつにするためには芸術の力が必要だと考え、1901年に「ホワイトチャペルギャラリー」を創設します。同ギャラリーでは、マーク・ロスコをはじめ著名なアーティスト達の展覧会を開催してきており、今でも現代アートを牽引するギャラリーのひとつとして活動を続けています。アメリカのニューヨーク州にある「グリニッチハウス」では少しユニークな記録が残されています。同セツルメントのウェブサイトによると画家のジャクソン・ポロックが陶芸クラスを手伝っており、釉薬が垂れる様子を見て自身の創作のインスピレーションを得ていたと書かれていました。※1これはグリニッチハウスがニューディール政策におけるWorks Program Administration(公共事業推進局)のプログラムに関わっていたこと、ポロックは同セツルメントが位置するマンハッタンのグリニッジヴィレッジに住んでいたこと、ポロックは公共事業推進局が芸術家支援として1930年代に取り組んだFederal Art Project(連邦美術計画)に参加していたことなどが重なった結果だと思われます。この連邦美術計画の長官を務めたホルジャー・ケーヒルが影響を受けていた哲学者にジョン・デューイがいます。デューイは、1889年にシカゴで設立されたセツルメント「ハルハウス」の活動を高く評価し、理事として名を連ねるなどセツルメント運動とも深い関わりがあったことも記憶に留めたい出来事です。

国内の代表的な事例では、考現学で知られる今和次郎が1924年に東京の墨田区で「東京帝国大学セツルメントハウス」を、1934年には秋田で「生保内セツルメントハウス」を設計しました。また絵本作家のかこさとしは、1950年代に「川崎セツルメント」で子供たちに紙芝居を披露していたことが自身の創作に影響を与えていたと言います。

このようにセツルメント運動では文化活動も重要な要素となっており、そこにアーティスト達が関わっていた事例が見つけられます。こういったアーティスト達は今でこそ名前が残っているから歴史を振り返ることができますが、恐らく美術史には名前の残らなかった無数の表現者がこのような活動に関わっていたのではないかと想像してしまいます。

セツルメント運動において重要なことは、地域課題に応じて多様なプログラムが横断的に実践されていたことです。貧困という課題に対して経済的な支援が直接に成されることは必要なことではあると思います。しかし必ずしもそういった支援が十分に実現されるわけではない中で、文化的なプログラムが困難を抱える人々の精神を豊かにしていたのではないでしょうか。

セツルメント運動では美術作品が作られていたわけでもありませんし、当時はアートプロジェクトのような価値観が一般的だったわけでは無いので、その歴史を美術史の中で見つけ出すのは難しいことです。私がセツルメント運動に感じている可能性は、アーティストが活動できる場所は美術館やギャラリーだけでなく、社会にはもっと多くの関わりしろがあったことを示す実践として、現在のアートプロジェクトにとっても大きな参照点になるということです。

東京帝国大学セツルメント(編)『東京帝国大学セツルメント十二年史』(1937年)
東京帝国大学セツルメント(編)『東京帝国大学セツルメント十二年史』(1937年)

福祉と自然が持つ非効率さと豊かさ

セツルメント運動のような活動が直接的にまちの姿を変えていったわけではないと思いますがが、そこに通う人々にとってはどうでしょう。まちの中に自分が救われる場所があるという安心感は、その地域への代えがたい愛着にも繋がっていたかもしれません。

私は地域と関わるアートプロジェクトを企画するとき、そうやってアートを通じてまちの中に「誰かが救われる場所」が作れるかをよく考えます。「救われる」というのは私たちが上から目線で救済を施すということではなく、そこを訪れた人が自分達の日常の延長としてその場所と出会い、普段とは異なる時間軸で物事を再考したり、安心して自分自身の考えを更新できるような機会を生み出すことです。アートがコミュニティに対してそのような役割を担う可能性がきっとあるはずです。

キュレーターの語源はギリシャ語で「世話をする」を意味するクラーレに由来しているのですが、キュレーションという技術もアーティストの作品との間だけに閉じるのではなく、その地域や協働者、そこを訪れた人々が持っている多様な創造力のお世話ができるものだと思うのです。だから私が考えるアートプロジェクトにおけるキュレーターの役割とはアーティストの作品を成立させることに注力するだけでなく、その過程で特定地域やコミュニティ、協働する人々の創造力を引き出し、それぞれの表現が良い方向へ向くように手を添えることなのです。良い方向とはひとつの決まった方向に仕向けるということではありません。ここで目指すべき良い方向とは、経済的な効果のように数値化できたり、短期的な成果を求める指標を保留にし、一人一人が何を目指すべきかを考えさせるために緩やかな遠回りを示すことだと思っています。

今の都市には、このような遠回りができる場所が非常に少なくなっている気がします。効率的であることを目指したり、経済効果が優先されることで、ぼんやりと立ち止まれる場所が減り、お金がないと入れない場所ばかりになってはいないでしょうか。そして都市で暮らす多くの人がそのような生活に慣れすぎてしまっているのかもしれません。まちの中にお金を持っていなくても友達と座っていつまでも話ができるベンチや、一人で安心して考え事ができる空間、せわしなくテナントが入れ替わるのではなく100年先を想像できるような過去から未来を繋ぐ場所がまちの中にはもっともっと必要なのではないでしょうか。

それは前述した社会福祉の運動のように、均一的な効率化や経済価値だけではなく、その人らしさの探求がなされている場であったり、この原稿を書いている時に目の前に広がっている山々のような存在が重要であるはずです。例えば木々の成長をはじめ森の循環とは人間の一生では収まらない時間軸を持つものであり次世代を想像しなければいけなません。自分だけの時間感覚や経済的な価値観を解体するようなきっかけが、サイクルの早い都市のなかに生まれたらどうなるでしょうか。経済優先の価値観からすれば非効率であっても、広い時間軸と多様な視点を持った表現がこれからのまちを豊かにすると思うのです。

著者について

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青木 彬

あおき あきら

インディペンデント・キュレーター/一般社団法人藝と/一般社団法人ニューマチヅクリシャ

1989年東京都生まれ。首都大学東京インダストリアルアートコース卒業。 アートを「よりよく生きるための術」と捉え、アーティストや企業、自治体と協同して様々なアートプロジェクトを企画している。これまでの活動に「黄金町バザール2017 Double Façade 他者と出会うための複数の方法」アシスタントキュレーター(横浜市、2017年)、まちを学びの場に見立てる「ファンタジア!ファンタジア!─生き方がかたちになったまち─」ディレクター (2018年〜)などがある。編著に『素が出るワークショップ』(学芸出版)


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