コラム

ルールメイキングが生み出す新しい文化圏


文化の価値を可視化する

温室効果ガスは、商品の原材料調達から廃棄、リサイクルに至るまでのライフサイクル全体を通して排出され、地球環境に大きな影響を与えるとされるが、我々は直接それらを知覚することができない。「Carbon Footprint」はそれを可視化し、事業者にCO2排出量削減を、消費者に低酸素な消費生活への変革を促すことを目的とする。「知覚が困難であるが、しかし重要な何を可視化する」というコンセプトに共鳴し、見えにくい文化やクリエイティブ、アートの価値を可視化し、それを評価軸に文化とまちづくりと観光の関係を考えることを目的に2019年に観光庁のナイトタイムエコノミー関連事業として「Creative Footprint」というリサーチを行なった。

インバウンド観光が大きな伸びを示していた2019年当時、観光客数と観光消費額の増加を目的としてナイトタイムエコノミー政策が議論されることが多かった。しかしながら夜は観光といった経済活動の場だけではなく、実験的で創造性に富む文化が生まれる場であるし、昼間の肩書きを超えた多様な人々が出会い交流する場でもある。そのため観光消費額といった数値指標だけでは補足できない文化的価値や社会的価値を把握することが、ナイトタイムエコノミー政策にとって極めて重要だと考えたのである。

文化側から行政側へのアクセシビリティ

「Creative Footprint」はベルリン、ニューヨーク、東京の三都市で実施された。「コンテンツ」、「スペース」、「フレームワーク」の3つを評価指標に都市の文化力を可視化する調査手法だ。「コンテンツ」は表現の創造性や実験性、多様性、コミュニティの存在などから、「スペース」は、キャパシティ、立地、運営年数、多目的性/多用途性などから、「フレームワーク」は、公共空間の活用可能性、政策支援、アクセシビリティなどからそれぞれ評価されてスコア化される。

東京は「コンテンツ」についてはベルリン、ニューヨークを上回るものの、「スペース」、「フレームワーク」が低く、総合点では最下位となっている。極端に低いのが「アクセシビリティ」、つまり行政機関や政策意思決定者へのアクセスのしやすさだ。公共空間の活用可能性や建物の多目的性/多用途性スコアも比較的低く、規制やルールが都市での文化表現を制限しがちな傾向が見て取れる。東京には素晴らしいコンテンツはあるが、文化サイドと行政サイドの距離、規制やルールに課題があるという結論になった。

「Creative Footprint Tokyo」https://j-nea.org/topics/44
「Creative Footprint Tokyo」https://j-nea.org/topics/44

リサーチで明らかになったギャップをいかに埋めていくか。「Creative Footprint」の一環として、文化と都市に関係する様々なステーホルダーが集まる「ナイトキャンプ」と呼ばれるワークショップを実施した。官僚や議員、DJやアーティスト、ベニュー経営者やイベンターなどが集まり、ネットワークを構築し、課題を共有していく場だ。ナイトキャンプ実施後、ほどなくしてコロナ禍となり、このときのネットワークが文化サイドへの対コロナ支援の拡充に繋がっていった。しかしながら、文化サイドと行政サイドのギャップを埋めていくための手法はまだまだ未確立だと感じる。

「Creative Footprint」はアムステルダムとベルリンのナイトタイム・コンサルティングチーム「Vibelab」が考案したリサーチであるが、アムステルダムやベルリンは文化サイドと行政サイドのギャップを埋め、規制やルールを適正化していくための制度も構築している。アムステルダムの「ナイトメイヤー(夜の市長)」やベルリンの「クラブ・コミッション」などがその一例だ。夜や文化が持つ価値を言語化・数値化し、政策決定者など様々なステークホルダーに共有することで課題解決に結びつけていく手法が仕組み化されているのである。

先日、来日中のアムステルダムのフェムケ・ハルセマ市長に話を聞く機会があったが、なぜ都市が生き残るためにナイトライフが不可欠なのかについて理路整然と説明してくれた。「ナイトライフは昼間と異なり社会的な階層や文化的な分断が少ない。若者を固定観念から解放し、自身のアイデンティティを発見し実現していくために非常に重要」「LGBTQコミュニティなど疎外されがちな人々にとってエンパワーメントの場所でもある」など、都市の魅力を高めていくためのダイバーシティ&インクルージョンの観点からナイトライフや文化の重要性を強調し、実際に様々な街づくり政策や文化支援政策にも反映している。

都市間競争化における文化の重要性

「ナイトメイヤー」のような行政と民間をつなぐ中間支援組織的な存在は今欧米を中心に世界的な広がりを見せている。その背景には、都市間競争という考え方が強くある。熾烈な都市間競争下の中、その競争に勝つためには都市が魅力的になる必要がある。そのなかで重要な要素は多様なライフスタイルと文化であり、それらを守り育てていくためには文化サイドと行政サイドが緊密に連携する必要があるのである。ハルセマ市長も観光地化や商業化が過度に進み、アムステルダムならではの個性的な人々や文化が失われていくことへの危機感を露わにしていた。ロンドンが安全で開放的・多様性に満ちた都市を実現し、すべての人を歓迎するという計画を掲げ、「ナイトツァー(夜の市長)」の設置を実現したのも都市間競争への危機感がその背景にある。

このような観点からすると、「Creative Footprint」におけるアクセシビリティ・スコアの低さはもっと深刻に捉えられるべきであろう。文化サイドにとっての課題だけではなく、都市の魅力を高めていくという点で行政サイドにとって重要な課題だ。文化サイドが直面している課題を知り、適切な政策を打っていく。必要とされているのが金銭支援なのか、規制緩和なのか、あるいは機運醸成なのか。政策的な打ち手は直面している課題によって様々であろう。現場課題の把握が極めて重要となる。

新市場創出に向けたルールメイキング

新市場を創出しイノベーションを社会実装していくことの重要性が議論されている。市場創出をしていくためには、事業をしていくための外部環境を整えていくプレーヤーが必要となる。法規制緩和等のルールメイキングやガイドラインの作成、世の中の機運醸成や関係するステークホルダーとのネットワーキングなどを行うプレーヤーだ。これまで日本が必ずしも力を入れてこなかった領域だが、新たな市場創出を目的としてルール形成に取り組んでいる企業の売上高年平均成長率は平均的な日本企業と比べてかなり高い。

経済産業省「社会実装を支援するサポート産業の実態とその振興に関する調査
https://www.meti.go.jp/press/2022/05/20220527009/20220527009.html?fbclid=IwAR0lwF5-bodELn-uZbjSzjnSv2d8RGt2yGl5DqiMdNc3iV5tImwf8DKdHBA

新市場創出の重要性は何もスタートアップ企業に限ったものではなく文化やまちづくりでも同様だ。例えば公園等の公共空間でアート活動をすることで、公園は文化表現の場として様々な付加価値を創出する。文化を起点とした交流やコミュニテイを生み出し、周辺地域への経済的な波及効果を及ぼし、地域の魅力を高め地域住民のシビックプライドを醸成し、アーティスト支援にも繋がっていく。これは文化と公共空間により生み出される新市場と言えるであろう。このような多面的な価値創出はアーティストや公園管理者だけで実現できるものではなく、様々なステークホルダーの参画が必要だ。公園を活用するための規制緩和、安全に活用するためのガイドラインの策定、地域住民との合意形成やアーティスト等の関係構築など整えなければならない外部環境は多く、行政との緊密な連携も不可欠となる。行政へのアクセシビリティが重要とされる所以である。

新市場を創出するプレーヤーのボリュームを増やしていくことが必要だと感じる。弁護士としてダンスを規制する風営法改正に関わり、ナイトタイムエコノミーを推進してきたが、弁護士の職務は紛争解決や紛争予防など法的トラブルを前提として認識されることがまだまだ一般的だ。個々のクライアントワークの枠組みを超え、新しい市場を創出していくためのルールメイキング領域での活動が一層重要となっていくであろう。

著者について

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齋藤 貴弘

さいとう たかひろ

Field-R法律事務所 弁護士 ナイトタイムエコノミー推進協議会 代表理事

弁護士として各種法務コンサルティングを行うとともに、それら実務経験を踏まえてルールメイキングや政策形成に関与。ナイトエンターテインメントを規制する風営法改正を主導するとともに、改正後はナイトタイムエコノミー政策の立案・実装をサポート。近年はナイトタイムの枠に限られず、文化・観光・まちづくりを横断する観点から文化庁や観光庁の関連施策のアドバイザーを務める。著書に「ルールメイキング-ナイトタイムエコノミーで実践した社会を変える方法論-(学芸出版社)」


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