プロジェクトスタディ

大丸有で育まれたアートと公共空間


大丸有のまちづくり:エリアマネジメント

日本を代表するビジネス街・大丸有(大手町・丸の内・有楽町エリアの総称)におけるまちづくりの大きな特徴は、1980年代後半から現在に至るまでの、旺盛な都市再開発に伴うエリアマネジメントの活発化である。エリアマネジメントとは、「一定の広がりを持った特定エリアについて継続的な視点で開発から地域管理まで一貫して行う活動」1)のことであり、大丸有では、エリア所在ビルの約3割を所有する大規模地権者である三菱地所の先導により、1950年代に企業町内会が、1960年代に美化協会が設立されるなど、エリア全体の価値創造を視野に入れた横断的な取組の萌芽が早くから見られる。そのようなまちづくりが本格的に組織化されたのは、1988年の「大手町・丸の内・有楽町地区再開発計画推進協議会」の設立であり、以降、公民協調によるまちづくり連携や市民参加など、エリアマネジメントの組織を通じて活動の幅を広げてきた。

エリアマネジメントは、2つの意味で「つなぐ」ためのまちづくりである。一つは、建物と建物をつなぐ“公共空間”の利活用である。すなわち、民地だけの利活用ではなく、道路や広場などの公共空間をも、オフィスワーカーや来街者の憩いの場、活動の場として用いることで、ビルの外にも賑わいや潤いがもたらされ、まちの総合的な価値を高めることが期待できる。そしてもう一つは、人と人、あるいは企業と企業をつなぐ“コミュニティ”である。建物等のハードだけではなく、企業の活動や個人の交流を活発化させ、イノベーションやクリエイションといったソフトをも向上し、まちの価値を高めるコミュニティを発展させるための仕組みとして、エリアマネジメントが機能する。

では、そのようなエリアマネジメントにおいて、アートはどのような役割を果たしてきたのか。次節で、仲通りの「丸の内ストリートギャラリー」を中心に、役割の変化とそれを実現させる仕組みを紹介する。

仲通り「丸の内ストリートギャラリー」

仲通りは、大丸有の中心を南北に貫く背骨のようなストリートであり、日中は毎日歩行者専用(車両は通行禁止)となる時間帯が設けられるなど、都市の庭とも言える公共空間として広く知られる。その仲通り沿道に彫刻を展示する「丸の内ストリートギャラリー」は、1972年から50年以上続く活動である。三菱地所が主催となり、公益財団法人 彫刻の森芸術文化財団が所蔵作品の貸出やキュレーションを行うものであるが、近年は、国内外で活躍中の名立たるアーティストによる新作も展示され、仲通りを歩く人々の目を楽しませている。展示作品は3~4年ごとに入れ替えが行われ、一号館広場や大手町ビルの中などとも連携しつつある。

展示される作品にも、時代による傾向の変化が見られる。1990年代までの仲通りは、昼食時のオフィスワーカーの通行を除けば人通りが少なく、舗装もアスファルトであったことから、黒色を基調とした静的な作品が多く、あたかもビルの付属物のような、ストリートファニチャー的な彫刻群としての印象を与えていた。その後、2002年の丸ビルの建替えをきっかけとして、仲通りも歩行者中心の空間へと再整備が行われる。具体的には、車道の幅員を狭めて左右の歩道を1mずつ拡幅するとともに、舗装も車道と歩道を一体的に見せる石畳のデザインへと生まれ変わった。このような取組と呼応して、かつてはビジネス街以外の顔を持たなかった仲通りの沿道には、飲食店や服飾店も建ち並び、休日には家族連れも集まる目抜き通り“アーバンテラス”へと進化を遂げた。そして、仲通りのデザインや、街のイメージの変化にあわせて、「丸の内ストリートギャラリー」に展示される作品も、彩りや造形といった個性を豊かに、そぞろ歩きを楽しませるアートギャラリーへと変わってきた。さらに、夜間の鑑賞にも対応できるよう、各作品の台座には、作品ごとにデザインされたライトアップ用の照明装置が埋め込まれている。この照明には、公益財団法人 東京観光財団の助成金が用いられ、ナイトライフエコノミーの振興という観点でも、公共空間のアートが注目されつつある。

また、彫刻家たちのマインドも変わりつつある。「丸の内ストリートギャラリー」の初期においては、彫刻という芸術分野として、人体を模った作品が主流とされていた。しかしながら今日では、その表現の対象は、より抽象的な立体造形にも広がり、モチーフや色彩の自由度も増している。そのような時代的背景の中で、屋外の展示空間が、彫刻家にとって新たな挑戦・表現の場としても機能していることは看過できない。例えば、現在作品が展示されている舟越桂や三澤厚彦は、木彫による作品を長年手掛けてきたアーティストであるが、屋外での展示に向けて、ブロンズによって作品を制作するというチャレンジに取組んだ。美術館ではなく、まちなか屋外空間を使うからこそ広がる芸術表現の幅を示す事例であり、「丸の内ストリートギャラリー」ならではの魅力の一つである。

それらの作品は、仲通りの中でも公道ではなく民地に設置されている。この通りでは、2002年の歩道拡幅時に、道路の官民境界を見せないシームレスな舗装がなされたため、まるで官地に作品が置かれているように見えるが、民地における民間の活動だからこそ、基本的には行政や警察との協議を必要とせず、自由度の高い活動が実現している。作品展示の維持管理にかかるコストは、現状では三菱地所一社で負担しており、それが地権者としての間接収入にどれほどの効果を与えるものかは定かでない。しかしながら、公共空間に良質なアート作品が存在することで、賑わいの形成や人々の滞留と回遊、オフィスワーカーや来街者の満足度の向上など、プレイスメイキングの効果が期待されるからこそ、この活動は続けられてきた。すなわち、「丸の内ストリートギャラリー」という取組は、モータリゼーションの時代における開始当初は、歩車道分離という前提のもとでストリート景観の美化を目的としていたが、都市再生が謳われる21世紀においては、人中心の快適性や賑わいを創出する仕掛けとしても機能しているのではないか。

図1 仲通りと丸の内ストリートギャラリーの変遷2)
日中の歩行者天国の様子
社会実験「Marunouchi Street Park」の様子
社会実験「Marunouchi Street Park」でのアート制作の様子
社会実験「Marunouchi Street Park」でのアート制作の様子
社会実験「Marunouchi Street Park」での展示の様子
社会実験「Marunouchi Street Park」での展示の様子

アートアワードトーキョー・藝大アーツイン丸の内

2000年代後半には、「丸の内ストリートギャラリー」に続いて、若手アーティストの発掘・育成と、彼らの斬新な感性を活かしたまちづくり活動としてアートに向き合う取組が相次いで立ち上がった。2007年に開始した「アートアワードトーキョー」は、全国の美術大学・芸術大学・大学院の卒業修了制作の中から厳選された25作品ほどの優秀作品を展示し、イベント最終日には、審査員による最終審査が行われ、グランプリなどを表彰する。その審査員は、学芸員の他にギャラリストが入るなど、幅広いメンバーにより構成されている。

同じく2007年には、「藝大アーツイン丸の内」が開始する。これは、学生の活動を都市空間において発信していきたいという東京藝術大学の意向と、アートと連携したまちづくりを推進したい三菱地所の方針が重なったことで始まったプロジェクトである。美術部門では、美術学部の卒業・修了作品展に出品された作品のうち、優秀作品が展示される。また、音楽部門では、音楽学部・大学院音楽研究科を優秀な成績で卒業した学生の中から、特に優れた演奏家による公演が行われる。 これらの取組で展示空間として利用される行幸地下ギャラリーは、都道であるものの、一般社団法人丸の内パブリックスペースマネジメントという団体が施設管理・運営を担っている。また、展示やパフォーマンスなどの会場は、丸ビルや新丸ビルの吹抜けの空間など、大丸有エリア全体に広がる。イベント用のウェブサイトでは、展示場所をプロットした地図上に、カフェの場所やシャトルバスの運行ルートを掲載するなど、回遊性を誘発する工夫が見られる。近年では、2027年度に全面開業予定のTOKYO TORCHにも展示空間を設けることで、ストリートレベルでの人の流れを生み出そうとしている。すなわち、従前は人通りの多い場所にアート作品を展示し、ベンチに腰掛けたり、ゆっくりと街あるきを楽しんだりと快適性のアメニティ創出を図ってきた。今ではアートに体験的な対峙性が重視されるようになり、街を巡るなかで新しい場や普段と違う街の面白さを発見することもでき、これまでにはない効果も期待されている。

図2 大丸有におけるアートの取組の分布3)
アートアワードトーキョーの様子
藝大アーツでの作品展示
藝大アーツでの楽器演奏の様子
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2020年代の取組

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