プロジェクトスタディ

芸術活動が都市に与える影響の見える化


4. 人の経済活動を「見える化」する技術

日本では、街区や街路などの限定的な範囲での経済活動関連データを収集することがなかなか難しい。海外では都市施策の経済効果を街路単位で測定するような事例が増えてきたが、国内では寡聞にして聞かない。例えば、ニューヨーク市では、側道部分を歩行者の滞留空間や賑わい創出空間へと転換する施策(NYC Plaza Program)に対して、対象地の店舗の売上にかかる税金額(総額)の上昇幅から経済効果を測定している。また、吉村ら2)はバルセロナを対象地として、歩行者中心の街路では、そうではない街路に比べて小売店・飲食店の売上が高い傾向があることを定量的に示している。

日本では、このような「店舗の売上」を直接計測または評価することは難しいが、代替手段としてクレジットカードやモバイル決済、地域通貨利用のデータを入手することは不可能ではない。例えば、上述したGPSによる位置情報を集めるアプリの登録者に対して、決済情報(どの店舗で、どんな用途に、いくら使ったか)の提供を依頼するという方法があろう。ただし、決済情報提供に同意する方を増やすには相応のインセンティブを付与するなどの工夫が必要になると考えられる。また、決済情報は重要な個人情報であるため、その取り扱いに十分な留意が求められる。この他、更なる次善の策として、上述のLiDARやAIカメラなどで「店舗入店者数」をカウントする方法や、店舗へのインタビュー調査(芸術活動を行なっていた期間とそうでない期間での売上比を尋ねる等)などがありえる。また、中長期的には、店舗の賃料や地価の推移を調査し検証し続けることも考えられる。

いずれにせよ、経済活動の「見える化」はどの地域にも使える万能策がない。それぞれの対象地において、関連する店舗や事業者、また行政内の複数部署とよく相談しながら、現実的な方法を見つけていく必要があるようである。

5. 人の活動を「見える化」するための可視化プラットフォーム

以上で見てきた人の移動や経済活動を「見える化」するためのベースとして、最もシンプルな可視化プラットフォームは地図である。近年は、「地図のウィキペディア」とも呼ばれ、誰でも編集ができる「Open Street Map」というWeb上の地図や、国土交通省が主導する「Plateau」という3D都市モデルなどのデジタルマップが登場している。ここでは、デジタルマップを可視化プラットフォームとして用いた取り組みの例を2つ紹介したい。

ひとつめの事例は、Plateauを用いてエリアマネジメントのダッシュボードを構築した事例3)である。Plateauは、建物や地形(ジオメトリ)が3Dで表現されるだけでなく、個々の要素にセマンティクスと呼ばれる属性データが付属している。つまり、ひとつひとつの建物にIDが振られており、その用途や構造、築年などの情報が紐づき、それらに基づいた表示設定や統計分析が可能となっている。本事例では、エリアマネジメントに関係するデータを地図表示とグラフ表示でトータルに見せることができるインターフェイスを開発しており、エリアマネジメントに関係する事業者や市民が一目で地域の状況を把握できるようになっている。このような仕組みを応用すれば、芸術活動の効果として把握したい情報を総覧的に表示するようなダッシュボードの開発も可能であろう。

図-5 エリアマネジメントダッシュボード
(図出典:国土交通省ホームページ https://www.mlit.go.jp/plateau/use-case/uc22-028/

ふたつめの事例は、「Re: Earth」というWeb上の地図・可視化サービスのストーリー機能である。これはデジタルマップ上にプロットしたコンテンツを、紙芝居のように順番に見せていく機能である。テキストや写真、動画などのコンテンツを地図上にプロットでき、それらを運営者側があらかじめセットした順序でユーザーに見せることができるため、芸術活動やその成果を整理して紹介することに向いている。なお、ベースとなる地図は、現代の地図はもちろん、地形や古地図などを表示させることもできる。

図-6 Re: Earthのストーリー機能の表示例
(図出典:Re: Earthホームページ https://reearth.io/ja/features/telling-your-story
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6. 「見える化できない価値」の見える化

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