目次
3. Placeのネットワーク化について(神戸市のケーススタディ)
上記のように公共空間を活かしたまちづくりを進める神戸市の取組は、2カ所の道路活用にとどまっておらず、図4と図5に、取組の全貌をイメージしたものを示し、ここでは特徴を3点ほどご紹介したい。
A) ビジョンに基づく三宮再整備
三宮の再整備に関する各プロジェクトは、2015年に策定された「神戸の都心の未来の姿[将来ビジョン]」および「三宮周辺地区の『再整備基本構想』」、それらを踏まえて2018年に策定された『神戸三宮「えき≈まち空間」基本計画』を上位計画として進められている。すなわち、震災から20年が経過し、三宮から神戸市の活性化を図ろうとした市役所は、まずビジョンや計画の策定を行った(フェーズ1)。ビジョンや計画の中では、“人と公共交通優先の空間”が謳われ、特に三宮駅周辺のクロススクエアから段階的に自動車交通中心から人中心の空間へ転換していくという、壮大な構想が描かれている。このようなVision Makingは、その後に庁内のあらゆる部署が、各々のプロジェクトの計画策定を行う上で拠り所とする文書としても機能し、庁内で街の将来のイメージを共有し、部署横断的な取組を進めていく上で肝要である。また、庁内にとどまらず、民間事業者に対しても、再開発プロジェクトに着手する以前に行政計画を提示することで、地区の将来像を共有し、市役所の方針に合わせた再開発を促進する効果もあると考えられる。
B) 複数の公共空間における並行した動き
三宮のクロススクエアの周辺では、複数のストリート、あるいは地下通路や公園、市役所庁舎などの多様な公共空間において、同時進行的にハードのリニューアル整備が行われ、活用が進められている。このように、既存の公共空間においてPlaceを創出していく、あるいはPlaceの質を高める動き、すなわち Place Makingが実装されるのがフェーズ2にあたる。あらゆるプロジェクトが並走して進行し、街の姿が同時多発的に変わっていくという動的な景観は、街が“人と公共交通優先の空間”へと生まれ変わっていくことを市民に伝える強力なメッセージ性を有するとともに、都心・三宮のターミナル性を強化し、三宮に歩く人の数を増やすという、好循環をもたらしていると考えられる。
C) デザイン都市・神戸の広報戦略
神戸市政の特徴として、卓越したデザインによる広報戦略を欠かすことは出来ない。同市は、2008年にユネスコ創造都市ネットワークのデザイン都市に認定され、海外都市との交流・連携を進めている。また、広報戦略部があり、専門のデザイナーなどを雇用し、ポスターや動画などの制作を行っている。すなわち、専門事業者への外注を介さない広報戦略により、手続きや意思疎通のコストを削減するとともに、担当部署や事業年度の異なる多様なプロジェクトについて、統一感のあるデザインによって発信を行うことで、広報のターゲットとなる市民への広告効果は高まっていると考えられる。
また、ポスターや動画といったアウトプットのみならず、公共空間改編のプロセスにおいても、巧みな広報戦略がとられている。例えばフェーズ1では、ビジョンや計画の策定にあたり、市民の声を聴く会議の開催や、「将来の三宮でどんなことをしたいか」という動画を撮影して公開する「1000SMiLE」といった取組がなされている。またフェーズ2では、サンキタ広場のデザイン検討手法として、一般市民も応募可能なコンペの形式を採用するなど、市民の期待感や愛着を向上させるプロセスがとられている。
※実際には、これらのフェーズは明確には分かれず、フェーズ1の期間中にフェーズ2のプロジェクトの一部が先行的に着手するなど、フェーズが重なる部分も存在する。同様に、フェーズ3の取組も、フェーズ1やフェーズ2の段階から部分的に着手する、あるいは取組をフェーズ3において発展させることが望ましいと考えられる。
以上のような、明確なビジョン、同時多発的なプロジェクトの進行、市民への巧みな情報発信により、三宮での道路空間の活用は、ハード・ソフトの両面で有機的にネットワーク化されているように感じられる。最後に、神戸市が迎えつつある、次なるフェーズ3に向けた展望を述べたい。それは、様々なハードがリニューアルされた後に、それらの空間の活用を促進していくための、ソフト面(仕組みや体制)での連携である。すなわち、フェーズ2のPlace Makingに対応して、フェーズ3ではPlace Coordinatingが必要とされ、その具体的手法として、下記3点を挙げたい。なお神戸市では、下記の手法の実践を既に部分的に見ることができ、それらの発展を期待したい。
1 アートイベントによる連携
各公共空間がどのような個性を持ち、どのような活用が適しているのか、といった機能分担は、試験的な活用を経験せずには検討が困難であろうが、そこでカギとなるのが、アート活動による空間活用である。実際に神戸市では、コロナ禍において、行政主導によるまちなかアート事業補助金という制度が導入され、民間からは、Busk in KOBEという仕組みのチャレンジが始まり、まちなかの未利用空間におけるアーティスト活動が展開されている。このチャレンジは、公認でのストリートライブが可能となるルールを設け、ミュージシャンが公的に演奏できる場を提供する仕組みであり、三宮プラッツなどの公共空間が活用されている。このようなバスカー(Busker)制度は、ロンドン市で発祥した、公共空間の健全な利活用促進とアーティストの活動支援を両立するシステムであり、路上アーティストによる無秩序なパフォーマンスの取締り、アーティストと公共空間のマッチング、パフォーマンスの質の向上など、多様なメリットが挙げられる。他にも、東京都の「ヘブンアーティスト事業」や、 柏市の「ストリートミュージシャン登録制度」など、行政も関わる形式での先進事例が国内外で見られる。特に三宮においては、バスカー制度を適用する公共空間の増加など、更なる発展を期待したい。
2 活用に関するノウハウの蓄積・共有
公共空間の活用に関する現場の悩みは、民間事業者を交えた事業スキームの構築や、混雑緩和による安全確保、騒音などの苦情への対応など、場所によらず共通する点が少なくない。故に、部署を横断する形で、担当者のノウハウが蓄積し、共有されることを期待したい。また、先述のバスカー制度とも重なるが、公共空間の利用申請などに関する窓口が統一されているなど、利用者にとって分かりやすい組織形態も肝要である。それらの好事例として、ウォーカブル推進計画の実装に取組む姫路市では、都市計画課などの関係課と警察によって構成される「姫路市公共空間活用会議」が発足し、その中でも産業振興課がワンストップの窓口となることで、公共空間の利用希望者に要する許認可手続きをスムーズにしている。さらに、同時に重要なのは、市役所内のDXである。縦割り組織と言われがちな市役所に横串を刺す上では、公共空間の空き状況などの情報をデジタル化し、共有しやすくすることを期待したい。
3 三宮エリアの滞留・回遊機能の向上策
“人と公共交通優先の空間”を実現し、維持向上を果たすためには、上記のような多方面での施策が、実際に効果的であったのか否か、正しく評価することが不可欠である。すなわち、人流データの計測と解析による定量的評価が求められるが、神戸市では、クロススクエアにおける交通社会実験や、三宮地下街「さんちか」においてセンシングなど、既に人流データの活用を実践している。今後も、人流を計測する場所やスケールを複層化し、それらを組み合わせたより詳細な解析によって、施策を評価し改善することで、公共空間の活用を常にアップデートするというサイクルの発展を期待したい。
データの取得・利活用とともに重要な観点が、エリアマネジメントである。これは、「一定の広がりを持った特定エリアについて継続的な視点で開発から地域管理まで一貫して行う活動」4)のことである。神戸市では、ハーバーランドや旧居留地でのエリアマネジメントが比較的長い歴史を持つが、近年では、ウォータフロントエリアや三宮周辺においても、前述のサンキタ実行委員会など、神戸市の誘導によりエリアマネジメントが発展しつつある。特に三宮周辺では、「三宮周辺地区の『再整備基本構想』」において、エリアマネジメントの具体的な方策のアイディアとして、神戸版BID制度が挙げられており、地権者からの負担金の支出によって中長期的にエリアの価値を高めていく仕組みの構築が期待される。また、都心の各所でエリアマネジメントが展開された先には、エリア間でのデータや仕組みの連携により、海(ハーバーランドやメリケンパークなど)から山(新神戸駅周辺)までの都心というスケールでのまちづくりが期待される。すなわち、Place Coordinatingの次の段階として、Area Coordinatingが求められてくるのではないだろうか。
本稿では、行政からの視点を中心に思案はじめを試みた。それは、行政が道路管理者であり、条例を制定でき、また赤澤宏樹氏が語る「行政の役割には、ポリシーメイキングとサポートがある。ポリシーメイキングというのは行政が勝手に作るのではなく、みんなの意見を聞いて作ったポリシーをオフィシャルなものにすることであり、それは行政にしかできない」5)といったところに重きをおいたためである。しかし、サンキタ広場には「サンキタ市民の会」という運動が始まっており、しかも市役所や商店街組合と共に名を連ねている。そしてここに神戸独自の文化を感じる。また、名を連ねるところまで至っていなくとも、各々の地域では、いま、様々な運動が起きている。このPlaceならではの地形風土の上に成り立つ地域独自の文化的活動が、ますます生まれやすくなるPlaceとアートのよき関係についての思案に、今後ともお付き合いいただきたい。
※地図は下記をベースマップとした。
Sources: Esri, Airbus DS, USGS, NGA, NASA, CGIAR, N Robinson, NCEAS, NLS, OS, NMA, Geodatastyrelsen, Rijkswaterstaat, GSA, Geoland, FEMA, Intermap and the GIS user community, GSI, Esri, HERE, Garmin, Foursquare, GeoTechnologies, Inc, METI/NASA, USGS
※写真は、一部を除いて、全国まちなか広場研究会のウェブサイトを出典とする。
参考文献
- 高校生新聞onlineウェブサイト『アートって何?「それは鑑賞者の心の中に…」東京藝大・日比野克彦学部長に聞く』2020.02.27
- 三浦詩乃, 森下恵介, 中村文彦, 秋山尚夫「Link and Place理論の街路交通マネジメントへの適用に関する基礎的研究 -英国におけるケーススタディから-」IATSS Review(国際交通安全学会誌), 45 , 2 , pp. 154-163
- 毛利嘉孝「ストリートの思想: 転換期としての1990年代」NHK出版, 2009
- 李三洙, 小林重敬「大都市都心部におけるエリアマネジメント活動の展開に関する研究 大手町・丸の内・有楽町(大丸有)地区を事例として」都市計画論文集39, 3, 745-750, 2004
- 大阪市「大公園の魅力向上に向けたあり方検討懇談会」での赤澤宏樹氏の発言