プロジェクトスタディ

まちの未来を美術館で考える~熊本市現代美術館の活動~


まちの未来を考えるプロジェクト① 『ご用聞き』

 「ご用聞き」は、日比野館長とCAMKの、まちへの姿勢を語る上で欠かせないプログラムである。これは、「アートが行政課題の解決に役立つ可能性があるのではないか!?」という意識から、館長の日比野氏が自ら市役所に赴き、職員と意見交換をする企画である。市民の悩みに耳を傾けるため、まずはまちの課題が集まる市役所の職員に、ご用を聞きに行くという形であり、月1,2回の日比野館長の熊本訪問にあわせて、CAMKと文化政策課のコーディネートにより開催される。

 それまでも、副館長の岩﨑氏に市役所からの相談や依頼が来ることはあったという。しかしながら、そのような個別の相談が「プログラム化される」ことには、意見交換や議論それ自体に価値が見出され、その価値の認識が広がっていくという効果があるだろう。またそれだけでなく、プログラム化されることで、「ご用聞き」は美術館の“正式な”業務の一つとして位置付けられ、CAMKとしての活動もしやすくなる。それは、アートの可能性を広げ、美術館の役割の再検討へとつながるものである。

 これまでのご用聞きの一覧が図2である。2024年8月時点までに約70回開催され、その多くは市役所の各部署であり、複数回にわたる部署も少なくない。またその他、スピンオフ企画としてまちなかの書店において市民公開型で行われた回や、シンポジウムの形式がとられた回もある。各回で議論されるテーマを見ると、「これからのまちづくり」という抽象的な方針から、「自転車ヘルメット着用率アップの方策」といった一見アートとは無関係にもみえる、当時の現実的で具体的な課題まで、多様なテーマが存在する。特筆すべきは、文化芸術を所管する部署に限らず、都市計画行政関連を中心に、多分野の部署にわたって議論が行われてきた点にある。“アート思考”などと言うように、頭を柔らかくするというアートの要素を、“かたい”業務と見なされがちな市役所職員に挿入していくために、対話を行う。そうすることで、批判の対象となりやすい行政の仕事も、本来“市民のため”にあるという考えに立ち戻ることが出来るのかもしれない。そして、市役所とCAMKが同じ目線を持つことも、「ご用聞き」の大きなメリットの一つである。

 市役所と美術館の対話は、2つの意義をもつ。それは、異なる立場の考えを面白がることによる刺激の享受と、自らの意見を言語化することによる思考の整理である。すなわち、“他者との対話”と“自らとの対話”の両面性を有するという点で、ご用聞きは、アート鑑賞に通ずるものがある。 また、財団の職員は基本的に異動がないが、市役所の職員は異動していく。そのため、「ご用聞き」を経験した市役所の職員は、新たな部署に異動しても美術館に相談することができる。これにより、CAMKのスタッフやアートにふれた職員が市役所の各部署に広がっていく。すなわち「ご用聞き」は、CAMKがハブとなって、アートとまちづくりに関する人的ネットワークを熊本市内に形成していく仕組みでもある。

図2 これまでの「ご用聞き」の訪問部署・回数・主な議論テーマ
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まちの未来を考えるプロジェクト② 『感じる計画! PLAN TO FEEL! 熊本市第8次総合計画展』

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