まちの未来を考えるプロジェクト② 『感じる計画! PLAN TO FEEL! 熊本市第8次総合計画展』
2021年に始まった「ご用聞き」から派生して、CAMKは2024年に展覧会を開催した。それが『感じる計画! PLAN TO FEEL! 熊本市第8次総合計画展』(以下、総合計画展)である。2024年4月から5月にかけて開催された入場無料のこの展覧会の趣旨を、展覧会のリーフレットから引用する。
『「総合計画」とは、現在の熊本市をとりまく各種の課題を踏まえつつ、将来のめざすまちの姿の実現に向けて策定する、長期的なまちづくりの方針のことです。少子高齢化や相次ぐ自然災害、急速に進展する社会のデジタル化への対応など、さまざまな課題を抱える時代のなかで、わたしたちの地域はどのような未来像を描き、進んでいくことができるのでしょうか?
本展では「感じる計画!」をキーワードに、8つのビジョンと響き合う美術作品やイメージ映像の展示、ワークショップの開催などさまざまな形をとおして、この「総合計画」のエッセンスをお伝えします。』(総合計画展のリーフレットより引用)
企画のきっかけは、2023年4月、日比野氏が熊本市の文化顧問に就任し、その委嘱状交付式をCAMK内で行った際の、市長の「日比野さんがCAMKに展示したくなるような総合計画を」という発言だった。その後、すでに「ご用聞き」で第8次総合計画について議論を交わしていた政策企画課とともに、総合計画展の開催に関する準備が始まった。
2024年3月に策定された第8次総合計画は、「市民に愛され、世界に選ばれる、持続的な発展を実現するまち」や「だれもが自分らしくいきいきと生活できるまち」などといった8つのビジョンから構成される。各ビジョンは10~30字ほどの言葉で表されるが、読むのではなく感じてほしい、という考えが展覧会の根幹にある。総合計画には、市民の暮らしの将来像とそれを実現させる施策が描かれている。しかしながら、どちらかというと施策が目立ちがちであり、それ故に、総合計画には行政の仕事が書かれてあるというイメージが拭えない。だからこそ展覧会では、市民の暮らしの将来像を感じることが重視された。
“感じる”総合計画展を実現する上で、日比野氏は、あくまでアート作品を展示することにこだわった。その結果、CAMKの収蔵品の中から、総合計画における8つのビジョンを短いフレーズに置き換えたキーワード(きぼう、あい、まもる、らしさ、ゆたか、くらし、あんぜん、しんらい)に呼応する形で作品が展示された。それはいわば、総合計画に描かれる市民の日々の営みと、現代美術館の所蔵するアートを視覚的につなぐ試みとなった。
ただし、アーティストの作品を行政計画の構成にあてはめてしまうのは、アートのプロパガンダ的利用になりうるという議論もあった。これについては、作品とビジョンを直接的に結びつけるのではなく、間接的に連想させるキャプションを掲載することにより対応したという。美術館の役割は、総合計画を礼賛するために展覧会を開催するのではなく、総合計画について考えるきっかけをつくることにある。
また会期中は、展示の他にもワークショップが開催され、のべ800人ほどが参加した。8つのビジョンに沿ったキーワードについて、布や木片、粘土など様々な材料を使って自由に作品を創り出すという内容であり、岩﨑氏は、「人間の根源的な幸福に繋がるキーワードについて真剣に考えて、手を動かして形にする、という体験は、総合計画と直接的には結びついていないとしても、日常生活を問い直すきっかけとして、良かったのではないか」と振り返る。それは言わば、展示だけでは完結しない展覧会であり、来場者が“何かを考えるきっかけ”を持ち帰ることで、展覧会と総合計画が市民の日常とゆるやかに接続していくということかもしれない。
さらに会期中は、地元企業やアーティストとコラボした「総合計画店」を館内にオープンし、8つのビジョンに連動したお菓子や食品、アクセサリーの販売も行われた。これもまた、総合計画展と来訪者の日常をつなぐ仕掛けである。

都市計画の観点から見ると、総合計画は、策定後何年にもわたって自治体行政の拠り所となる上位計画であり、あらゆる分野や地域の中長期計画において参照されるものである。それ故に、策定プロセスは重視され、特に何らかの形で市民参加の機会が設けられることが多い。その草分け的存在は2001年の三鷹市「みたか市民プラン21会議」とされるが、今や総合計画の策定プロセスにおいて、市民の声を反映させることは一般的となっている。その一方で、策定後の市民への理解浸透や認知向上に関する努力は、やや後発的であり、未だに総合計画は、市民にとって身近なものとは言い難い。近年は、YouTubeで総合計画の内容を解説・PRした動画を公開する自治体も見られ、市民の理解を広げようとする広報活動は増えつつある。その中でも、CAMKの総合計画展は異色のアプローチである。
また近年は、「都市デザイン 横浜」展や「世田谷のまちと暮らしのチカラ―まちづくりの歩み50年―」展などのように、都市デザインに関する美術館での展覧会も開催されているが、「総合計画展」は、それらとは3つの観点で異なるものである(図4)。一つ目は、展覧会のテーマが都市デザインか都市計画か、という点である。両者の区別は明確なものではないが、まちや建築模型、図面、写真など、形あるものを展示する都市デザインの展覧会は、俗に言えば“見栄えがしやすい”。一方で、CAMKが扱う熊本市の総合計画は、形のない文書であり、それをテーマとした展覧会を企画すること自体がチャレンジングなものである。そして、それとも関連する二つ目の特徴は、デザインの展示か、アートの展示かという点である。横浜市や世田谷区の展覧会は、自治体における都市デザインの歩みについて、デザインの展示として、造形美や機能美などの観点から構成したものである。これに対して総合計画展は、前述のように、総合計画の8つのビジョンとCAMKのコレクション作品とを視覚的につなぐことで、アートの展示として開催された。デザインではなくアートの展示であることで、来場者の層も変わるはずである。さらに三つ目は、過去を見せるか現在を伝えるか、という点である。都市デザインの展覧会は、作品や活動のアーカイブを振り返ることで、その延長としての将来像へとつなげるものが多い。しかしながらCAMKの総合計画展は、現行の行政計画を扱い、そこに描かれたまちの将来像を考えるきっかけを創り出す試みであり、それは、市民誰しもの日常へと接続するものである。以上のような特徴を踏まえると、総合計画展はやはり、地方自治と美術館の新たな関係性を示していると言えよう。
