2020年代の取組
2020年には複数の取組が開始したが、そのうちの一つが「ソノ アイダ#」である。これは、アーティストである藤元明が主催する、”借し物件や空き物件、建て直しまでの占有権のないその間を、空間メディアとして活用するアートプロジェクト”である。2020年には国際ビル1階の店舗において「ソノ アイダ#有楽町」が始まり、その後に場所を新有楽町ビル1階の空き店舗に移して、「ソノ アイダ#新有楽町」と呼ばれる。1か月半の期間に、作品を制作しながらアーティストとしての活動自体を展示し、作品の販売も行うアーティスト・イン・レジデンスの他、社会人向けのアートスクールなどを行っている。また、テナント入れ替え期間の店舗ファサードを活用して作品を展示・販売する「ソノ アイダ#SHOWCASE」という取組も見られる。
同じく2020年には、三菱地所が、写真家・小山泰介が代表を務める「TOKYO PHOTOGRAPHIC RESEARCH」とともに、アーティストの目線から有楽町の風景をとらえ直す「有楽町アートサイトプロジェクト」を開始した。第1弾は、2020年に新国際ビルで工事中の仮囲いを利用し、顧剣亨と永田康祐によるアートウォールの展示を行った(掲出画像は、”顧剣亨『Yurakucho202004』,2020”)。また、続く第2弾では、仲通りを中心に計8カ所のビルや施設のガラスファサードにおいて、写真家・小山泰介氏の大規模インスタレーションを展開した。
2022年には、アートギャラリー「CADAN有楽町」がオープンしたほか、アートに関する取組はより一層の広がりを見せる。その一つである「ベースフラッグプロジェクト」は、アーティストが言葉と写真によりフラッグをデザインし、仲通りの街路灯に掲出することで、街路に新たな風景をもたらす取組である。このフラッグは、掲出完了後に回収し、バッグやレジャーシートなどに再加工するとともに、その作業を障害者作業所等に依頼して、多様な方の活躍を支援するなど、環境的・社会的な意義も大きい。
また、「有楽町ウィンドウギャラリー」は、アートフェア東京と同時期に各店舗のイメージに合わせてセレクトされたアーティストの作品が、参加店舗のショーウィンドウや店内の商品棚に展開される取組である。展示作品は購入することもでき、ショッピングとアートが融合して、まち行く人々に豊かな体験を提供している。なおこの取組は、一般財団法人カルチャー・ヴィジョン・ジャパンが主催し、公益財団法人東京都歴史文化財団 アーツカウンシル東京の芸術文化魅力創出助成を用いたものである。
さらに、同年にオープンした有楽町『SLIT PARK』は、新国際ビル・新日石ビル間の路地空間をリニューアルして生まれた滞留空間である。キッチンカーなどによる飲食・物販のサービスや、アートの設置、トークセッションなどのイベントの開催などを行うことで、まちの魅力を向上させている。
これら2020年代の取組は、空き物件や路面店舗、ビルとビルの間の路地、街路灯など、大丸有というまちの時空間的な隙間を最大限に活用し、アートの展示と販売、さらにはアーティストの活動をまちに開くものである。2010年代までの取組と比べて、まちのあらゆる場所にアートが点在していることで、ワーカーの日常や来街者の非日常にアートで彩りを与え、大丸有を歩く道中に新たな発見や出会いをもたらすという、アートとまちの複層的な関係性が構築されつつある。
アートアーバニズム
物質的な貨幣経済に閉塞感のある昨今、心の豊かさや共感経済を重視する社会的風潮の中で、「アートが育つ街は、新たな経済が育つ街。」ということ仮説として、ビジネスパーソンとは異なる視点を持った多様で創造的な人材をまちに取り入れるべく、大丸有は「アートアーバニズム」という都市活動に着手した。その背景には、渋谷はクリエイターに選ばれるものの、ビジネス街の大丸有は選ばれにくい、というエリア選別の限界点も存在していた。それを超えていくチャレンジ、特にエンターテインメント性を持つ有楽町を拠点とした有楽町アートアーバニズム(YAU)における実証的プログラムによって、これまでアート作品はあってもアーティストがいなかった大丸有が、アーティストに選ばれる街に変わりつつある。
YAUの取組は、段階的にテーマを設定して実践している。第1期(2022年2~5月)には、オフィスビルの中でアーティストの制作活動が出来るのか、という検証が行われた。その中心的な場所は、有楽町ビルの10階にある約1,200㎡のオフィス空間に設けられた共同スタジオ「YAU STUDIO」である。また、国際ビルの地下1階には「YAU COUNTER」を設け、若手アーティストを対象とする相談窓口として機能した。交通利便性の高い大丸有において、このようなYAU STUDIO やYAU COUNTERは、アーティストたちのコミュニティハブとしても機能し、ふらっと立ち寄り、仲間と出会うことの出来るフィジカルな場としての役割を果たしている。さらに、これらの施設では、アートの制作やアーティストたちの交流が行われるだけでなく、オフィスワーカーがアートやまちについて学びを深める「スクール」などのイベントも開催された。また、アートアーバニズムの実証実験の成果展として「YAU TEN」を開催するなど、アート作品の展示も行われた。そのような第1期を終え、アーティストたちの活動がビジネス街においても成立することが検証されたことで、現在は第2期(2022年10月~2023年秋)の検証が行われている。その中心的なテーマは、①企業や大学とアーティストの連携をつくり、アートとビジネスの協働の可能性をさらに探求すること、②アートのエコシステムを実現する中間人材の育成、③ワーカーを含む一般層のアートへの関心の芽を育成すること、という3点である。
このようなYAUの活動は、「有楽町アートアーバニズムプログラム」実行委員会によるものであり、プロデューサーやディレクターなどにより構成されるYAUプロジェクトチームが主導している。そのような中核的な存在がいることで、様々な人的ネットワークを活かした幅広い活動が実現している。
アーティストの活動の中には、時に政治的メッセージをも表現するなど、まちづくりとの摩擦を起こしかねないプログラムも存在する。そのような反応に対しても寛容性を持ち、アーティストをまちに呼び込むことの価値とは何か。それは、アーティストたちが、ビジネス領域よりも早く、社会のあらゆる疑問や違和感に敏感に気付き、即座に行動することができる点であるという。ビジネスパーソンとは異なる視点や感性、行動力を発揮する人材に期待される役割は大きい。逆に、アーティストたちとしても、まちづくりに巻き込まれる、あるいは消費されてしまうのではないか、という危機感を抱いてきたことも事実である。故に、アーティストの活動をどこまで受け止めることが出来るのか、まちづくりを行う側も試されていると言えるだろう。
まちづくりにおけるアートの意義
これまで見てきたように、大丸有でのアートに関する取組は、大まかに4つのフェーズに分かれ、フェーズを経るごとに、街の理念が変化し、それに応じてアートの展示場所や作品の傾向までも変化を遂げてきた(表1)。それは、オフィスの賃貸ビジネスが事業の核である三菱地所にとって、働く人それぞれの働き方やライフスタイルの変化にあわせて、アートの側面から施策をうち、街としての満足度を向上させてきた歴史でもある。
第1フェーズは、「丸の内ストリートギャラリー」が開始した1972年からの約30年であるが、当時の街の理念は利便性を重視しており、オフィスワーカーばかりが訪れる街において、自動車中心の仲通りに、景観の美化を目的とした彫刻が設置されていた。
その後、2002年の仲通り再整備をきっかけに、オフィスの外部空間を活用して、働く人の快適性の向上が志向されていく(第2フェーズ)。この時期には、歩道が拡幅された仲通りの沿道に商業店舗が建ち並び、ワーカー以外の人々が休日にも街を訪れるようになることで、歩行者で賑わう仲通りに設置される彫刻も、来街者層にあわせて造形や色彩が多様化していく。
続いて、2007年の「アートアワードトーキョー」や2008年の「藝大アーツイン丸の内」の開始により、学生や若者など、より多様な人が訪れる街を目指していく(第3フェーズ)。オフィスの外部空間は、アートの展示場所から交流の場へと発展し、働く人の文化性の希求が街の理念となる。上記2つのように、大学や学生とコラボレーションしたアートイベントでは、行幸地下通路や丸ビルなどの吹抜け空間、さらにはTOKYO TORCHも展示・パフォーマンスの会場として活用され、アートを起点に街を回遊して楽しむという、アートと公共空間ネットワークの関わり方が生まれる。
そして2020年代になると、アートに関する取組はさらなる広がりと多層化を見せる(第4フェーズ)。街の理念は、文化性を街の推進力とすることへと発展し、アーティストを街の一員として迎い入れて、「オフィス空間でもアーティストの創作活動や交流の場は成立する」という仮説を検証するところから、アートアーバニズムに着手していく。その舞台となった有楽町は、アーティストのコミュニティハブとして、さらには若手アーティストの相談窓口や、ワーカー向けのアートスクールとしての機能も果たす。同時に、「ソノ アイダ#」や「有楽町アートサイトプロジェクト」、「有楽町ウィンドウギャラリー」なども開始され、空き物件や商業店舗など、街の時空間的な隙間を最大限に活用したアートの活動が街を彩っていく。さらに、仲通り付近の建物のグランドレベルでは、アーティストの創作活動を公開するほか、展示される作品の一部は購入することもできるなど、来街者のアートへの関わり方も、一方向的な鑑賞行為から、交流・購入・体験・制作へとますます広がっていく。
このようにして大丸有は、エリアマネジメントによって培われた街の基盤とコミュニティを活用して、アート・人・街の関わりを複層化しながら、街の理念を、利便性 → 快適性 → 文化性へと進化させてきた。アートを軸としたまちづくりには、一つ一つの取組の積み重ねによって、「新しい価値」「魅力と賑わい」といった、これまで培われてきた街のブランドを、中長期的に維持向上させていくエンジンとしての役割が期待される。
取材協力:三菱地所株式会社 エリアマネジメント企画部・コンテンツビジネス創造部・美術館室
写真提供:三菱地所株式会社(有楽町ウィンドウギャラリーは筆者撮影)
参考文献など
- 引用部分出典:李三洙, 小林重敬「大都市都心部におけるエリアマネジメント活動の展開に関する研究 大手町・丸の内・有楽町(大丸有)地区を事例として」都市計画論文集39, 3, 745-750, 2004
- 資料協力:三菱地所
- ベースマップ:Esri, Intermap, NASA, NGA, USGS, GSI, Esri, HERE, Garmin, Foursquare, GeoTechnologies, Inc, METI/NASA, USGS
- 小林重敬(編著)「最新エリアマネジメント:街を運営する民間組織と活動財源」学芸出版社, 2015
- 出口敦ら(編著)「ストリートデザイン・マネジメント」学芸出版社, 2019