1. スマートシティの技術を用いて「見える化」する
アートとまちづくりが融合した取り組みは増えてきているように思う。筆者が松山アーバンデザインセンターというまちづくり組織に所属していた際、松山ブンカ・ラボというアートの活動体とオフィスをシェアしていた。この時期に、芸術分野の視点から都市にはたらきかけることの意義に深く感銘を受けた。都市分野では、市民を機能的な分類(商業者、オフィスワーカー、学生等)で捉えがちだが、芸術分野では、市民の感性はひとりひとり違って当たり前というスタンスである。つまり、市民の捉え方が真逆であり、都市分野は客観性、芸術分野は主観性を重んじているように感じた。『都市』について、この二つのまなざしからアプローチし考えることは極めて重要ではないかと思う。
一方、都市で芸術活動を行う方々の話を伺うと、往々にして「当該事業が都市に対してどのような効果をもたらしたか」を説明する難しさに直面されているようだ。都市の公共空間は行政が保有していることが多く、その空間を使う以上、「都市へのポジティブな影響」を客観的に説明することを同時に期待される。しかし、芸術活動の持つ多面的な価値や、その活動を継続することによる時間軸に沿った多層的な価値は、本来、非常に質的で主観的な側面が強く、不用意に量的で客観的な議論に持ち込むとその本質を見落としてしまいがちである。だから「都市への影響」の説明が難しくなっている。ここでは、そのような芸術活動の持つ価値の繊細さ・壊れやすさ・儚さに気をつけつつも、都市への影響についてできるだけ客観的に議論することに挑戦したいという方に向けて、いくつかの手法を紹介してみようと思う。
昨今、都市分野では、デジタル技術を都市に取り込むスマートシティの取り組みが活発化している。スーパーシティやデジタル田園都市構想などの新たな枠組みも出現しているが、いずれも先進的なテクノロジーやさまざまなデータを活用し、新たな都市サービスを提供することをねらうものである。
芸術活動とスマートシティは一見あまり関係がないように感じられるかもしれないが、「芸術活動が都市に与える影響を知る」という観点においては、スマートシティの手法こそ応用できるのではないだろうか。
例えば、個々の人や車の移動に関するデータ(プローブデータ)をはじめとした都市のさまざまなデータを収集し分析することによって、現在行っている取り組みによる変化から評価や改善方針の検討が可能になる。このようなエビデンスに基づいた施策判断はEBPM(Evidence Based Policy Making)と呼ばれ、世界的にも日本政府としても推進の機運が高まっている1)。また、EBPMを進めるためには、それぞれの取り組みにおいて適切なKPIを設定する必要があるが、この設定の方法もさまざまな分野へ応用が可能である。さらに、データやその分析結果をわかりやすくヴィジュアライズすることによって、専門家だけでなく広く市民と効果を議論することも可能になり、市民対話手法にもデジタル技術の導入が進められている。このように総じてスマートシティの分野では、より客観的で民主的な施策評価の枠組みが構築されはじめているように感じている。
本章では、これらのようなスマートシティで用いられる手法を活用して、芸術活動の都市への影響を見える化(評価)するための道筋を考えてみたい。
2. 何を「見える化」するか?
芸術活動が都市に与える影響にはどのようなものがあり、何を「見える化」すべきだろうか。
まず、芸術活動を都市で(屋外で、野外で)行うことによって、そのエリアに人が集まるという影響が考えられる。付随してそのエリアでの購買活動が増えたり、そのエリアに至るまでの公共交通機関の利用が増えたり、または近隣の宿泊施設の利用客が増えたりする。要するに、芸術活動が観光資源と同じ影響をもたらすという捉え方である。瀬戸内国際芸術祭のように、その後移住者が増加するという影響に至る場合までありえる。いずれにせよ、芸術活動を通じてエリア外からの人の流入が活発化するという「エリア外からエリア内」という方向性を持ち、また人数や売上といった量的にも影響がある。
一方で、当該エリア内で暮らす人々が芸術活動に直接/間接的に参画することによって、コミュニティの絆が強まったり、自治的な活動が活性化したり、または福祉的な価値が生まれたり、教育効果があったりといった、エリア内における多様で質的な影響も考えられる。
芸術活動が都市に与える影響という観点からは、どちらも重要である。前者についてはスマートシティに用いられる「見える化」の技術を具体的に紹介する(図-1参照)。一方、後者の質的な影響をうまく可視化する方法はまだ存在していない。実はこれはスマートシティ界隈でも課題となっており、試行錯誤が続けられている。ここでは、その状況を簡単に報告するとともに、「多様で質的な影響」をいかに評価し次なる施策に繋げていくかという観点から、スマートシティ施策に対する評価や市民との議論の方法論を紹介してみようと思う。
3. 人の移動を「見える化」する技術
かつては調査員が道端でカウンターをカチカチと打っていた交通量調査は、デジタル技術や多様なセンサーの登場で大きく進化している。大きく分けて、スマートフォンやアプリを通じて利用者の位置情報を把握する端末タイプと、実際の空間にいる人の動きを計測するセンサータイプの2パターンが存在する。前者には携帯基地局、Wi-FiアクセスポイントやGPSを利用する仕組みがあり、後者にはやLiDAR(ライダー)やAIカメラなどのセンサーがある。これらの概要を表-1に整理する。
端末タイプの基地局/Wi-FiやGPS等では、人の密度が広域的に把握できる。仕組み上、位置や人数に誤差は生じるが、「このエリアに大体これくらいの人数がいる」ということを広域で捉えられる。コロナ禍になってから、エリア内の混み具合がインターネットの地図上に表現されるようになったが、このような人口密度のマッピングが可能になる。また、端末所有者はプロバイダやアプリに属性情報(年齢層、性別、居住地等)を登録しているため、これらの情報で参照可能なものもある。これにより、例えば長時間滞在者の年齢性別や、どこから来ているのか(居住地はどこか)を図示することも可能となる。このような可視化や分析を従前従後で実施し比較することによって、芸術活動によって都市のどこに・どれくらいの量の・どのような属性の人が動き集まったかが「見える化」できるのである(図-2参照)。
なお、基地局と端末の通信による位置情報の仕組みは、各基地局のエリアごとに所在する携帯電話を周期的に把握し台数を集計しており、携帯キャリアが提供するデータを購入するコストが必要となる。Wi-Fiの仕組みは、各種プロバイダがデータセットと可視化サービスを販売しており、それらを購入して可視化することとなる(図-2参照)。GPSの仕組みは、位置情報を取得するためのアプリを用意する必要があり、既存アプリを利用する場合はその利用契約に、新規アプリを構築する場合は開発に、それぞれ費用が必要となる。また、新規にアプリ開発をする場合は、そのアプリをダウンロードしてもらうための取り組みが非常に重要となり、多くの地域・企業でこの点がボトルネックとなっている点はご注意いただきたい。
マクロな人流計測が得意な端末タイプに比べ、センサータイプのLiDARやAIカメラは、ミクロな人流計測が得意である。仕組み上、基地局/Wi-FiやGPSに比べてごく狭い範囲しか計測ができないが、芸術活動を行なっている場所の直近の人々の活動を、その移動軌跡や速度まで捉えることができる。例えば、近隣の店舗への入店があるか、どれくらいの人が滞留しているか、交通安全の観点から問題がないか/あるとしたらどこか、などの分析である。
日立東大ラボでは、LiDARを用いて愛媛県松山市花園町通りの人流計測を実施し、歩道上の滞留スペースの作り方を数パターン変化させることで、どの季節にどのような滞留スペースの作り方が効果的であるか、また長時間/短時間の滞留が起きやすい場所はどこかなどの特定を定量的に実施した。また、千葉県柏市柏の葉では駅前エリアにAIカメラを設置しており、属性も含めた人流計測(年齢層や性別をAIが自動で推定)を行うとともに、突然倒れたりうずくまったりするような行動をAIが自動で検知し、警備室へアラートを送る仕組みをつくっている。
これらのセンサータイプの人流計測は、センサーおよびそのデータの分析ツールを購入する必要がある。いずれも安価なものではないため、どの場所の・どのようなデータを取得したいのかを事前によく吟味する必要がある。しかし、一度設置してしまえば継続的にデータが入手できるため、中長期的にはデータ入手コストは極めて低い。そのため、取得したデータを都市計画基礎調査や観光動向調査などの他分野と共用することによって、初期投資の合理性を高めることができよう。
最後に、データのセキュリティや倫理面について留意すべき点を述べたい。カメラの映像など、個人が特定される情報を取得する場合、プライバシーへの配慮や、個人情報の保管方法・活用方法について十分注意する必要がある。データの取り扱いに関するルールを設けたり、倫理委員会を組織しルール運用に専門性や第三者性を導入するといった方法もある。また、最近のAIカメラでは、カメラレンズから得られた映像情報は記録せずに、AIの解析結果(歩行者の位置や属性情報等)のみを記録するような機器も存在する。このような仕組みや最新機器によって、市民から信頼されるデータ取得方法を心がけることが極めて重要になるだろう。