プロジェクトスタディ

芸術活動が都市に与える影響の見える化


6. 「見える化できない価値」の見える化

ここまでデジタルの可視化技術とそれらで可能になることを紹介してきたが、そもそも「見える化できない(しにくい)価値」というものも存在する。これらについて、どう考えたらよいのだろうか?

芸術分野に限らず、あらゆる分野において定量的に可視化できるもののみを評価の対象にしていては、その取り組みの本来的な価値を正しく評価することはできない。どうしても見えている部分を偏重してしまうからだ。「見える化」を行う際には、見えないものへのまなざしもまた必要になる。

都市分野においても、いままでは緑被率や公園面積のような計測しやすい指標を評価に用いやすい傾向があったが、これらは必ずしも都市が人に提供する質を評価していないという反省があり、改善の試みがなされている。これには大きく二つの方向性があり、ひとつはQoLといった新しい評価指標を開発4)するベクトルであり、もうひとつは都市施策の効果・影響を論理的・網羅的に書き出すことにより、本来目指していた都市(が人に提供する質)に着実に近づくようにPDCAサイクルを回すというベクトルである。

本章では後者、すなわち「「見える化できない(しにくい)価値」を見える化する手法」として、内閣府がスマートシティの評価指標を検討する際に推奨しているロジックモデル5)を紹介する。

ロジックモデルとは、事業や組織が最終的に目指す成果や効果の実現に向けた道筋を、体系的に図化したものである。例えるなら、「風が吹けば桶屋が儲かる」における「風が吹く」が施策で、「桶屋が儲かる」が最終成果だとすると、その間の道筋をひとつずつ明らかにしてフロー図(枝分かれする樹状図になることも多い)として描く作業を行う。これにより、ゴールに向かって合理的な道筋を通る施策になっているか、思った成果が出ない時にどこでつまずいているか、などが見やすくなる。

図-7 ロジックモデルの基本形
(出典: 内閣府「スマートシティ施策のKPI設定指針」https://www8.cao.go.jp/cstp/society5_0/smartcity/index.html

また、この作業を通じて、当初想定していた成果の他に、当該取り組みがもたらす価値に気づきやすくもなる。例えば、経済効果をもたらすことを狙った芸術活動が、経済効果だけでなく、地域コミュニティの団結に寄与したり、マイノリティの活躍の場を提供したりすることもあろう。そのような価値を捉えることで、例えばSDGsの観点から芸術活動を再評価することが可能になる。このように芸術活動の価値を多面的に捉え、それをロジックモデル上で明示することは、対象都市における正確な都市評価とEBPMを推進するために極めて重要である。

図-8 ロジックモデルの例(筆者作成)

なお、ロジックモデルは完成した図そのものに加えて(時にそれ以上に)、その図を同僚らと共に議論しながら作成するプロセスに価値がある。ロジックモデルにはひとつの正解はなく、十人いれば十通りのロジックモデルが出来上がることもあるくらいだが、これを同僚らと議論しながら作り上げるプロセスにおいて、現在の取り組みを複数の目で検証し、見過ごされがちな価値を互いに確かめ合い、更なる施策改善に向けた創造的な議論が可能になる。

この作業のポイントは、「現在の取り組みを評価する」という振り返りのスタンスではなく、「現在の取り組みを進化させるためには何をすればよいのかを探る」という、未来に向けた探究型のスタンスで行うことである。振り返りのスタンスでは、どうしても自己否定を避けるために現状追認型のロジックモデルになりがちであまり意味がない。次年度に行うべき施策をチームで議論するくらいの位置づけが望ましい。「見える化できない(しにくい)価値」を見える化するにあたり、ぜひこのようなプロセスを採用してほしい。なお、ロジックモデル作成の具体的な方法は、内閣府が公開している6)ほか、書籍も多数刊行されている7)ので参照していただきたい。

7. 市民対話を「見える化」するための対話プラットフォーム

「見える化」は情報を直感的・視覚的にわかりやすく伝えるために行う。つまりは、コミュニケーションのためのツールである。データやその分析結果、またはロジックモデルなどによる施策評価をわかりやすくヴィジュアライズすることによって、行政内部や専門家だけでなく、市民とのコミュニケーションが可能になる。これを用いて、芸術活動に関する対話やふりかえり、次なる取り組みに向けたアイデア出しなどを、市民とともに実施できればすばらしい。

スマートシティでは、Decidimをはじめとしたオンライン対話プラットフォームを用いて、市民との対話を行なっている地域が出てきている。Decidimとは、バルセロナで誕生したオンライン対話プラットフォームである。その名称は「我々で決める」という意味のカタルーニャ語にちなんだものだが、その名の通り、オンライン上で市民が意見を書き込むことができ、それらを集約したり政策に結びつけていくことを支援する機能がある。Decidimを用いて「見える化」されるのは、市民との議論の経緯である。つまり、施策決定などのプロセスが透明化される点で、民主的な市民対話の実現を可能にするツールである。一般社団法人Code for Japanによって日本語版が制作され8)、国内では加古川市や渋谷区など複数の地区で導入されている9)

このようなオンライン対話プラットフォームを活用するポイントは、オフラインの対面型の対話(ワークショップなど)とワンセットで運用するハイブリッド型市民対話とすることである。海外では、何も言わずともオンラインのサイトに意見を書き込む人が少なくないが、日本人の気質のせいか、日本ではそうはならない。見知った相手であれば自分の意見を話すが、誰が見ているかわからないオンラインサイトでは、自発的に意見を書き込む人はあまりいない。そのため、オフラインで対面型の対話の場を設け、どのような人々と議論をしているのかを知ってもらうプロセスが必要になる。手間はかかるがここを乗り越えれば、ワークショップとは異なり時間も場所も非同期で対話を進めることが可能になる。そのメリットは大きい。

図-9 愛媛県西予市野村地区で実施しているDecidimの画面
(出典:日立東大ラボ「のむらいふトーク」http://talk.nomulife.net

8. 「芸術活動と都市の関係性」の見える化

本章では、スマートシティで用いられる手法を活用して、芸術活動の都市への影響を「見える化」するための方法を紹介してきた。はじめに、人の移動や経済活動といった定量的に把握がしやすい影響の「見える化」手法や、そのベースとなるデジタルマップが備える機能を解説した。次に、定量的に把握しにくい影響をも「見える化」するための手法として、またそれを通じて芸術活動をEBPMの文脈で評価するための手法としてロジックモデルを取り上げ、最後に芸術活動の評価や新たな展開に向けて市民と対話するためのツール・Decidimにより市民対話と施策決定の「見える化」が可能であることを示した。

最新のデジタル技術を用いれば、芸術活動が都市に与える影響を、今まで以上に客観的かつわかりやすく捉えていくことが可能である。そして、「見える化」されたマテリアルは、関係者内だけでなく市民との対話にとっても効果的であり、市民を巻き込んだ施策改善(PDCA)サイクルを回していくことも可能になろう。芸術分野の施策が有する質的で主観的な価値を積極的に認めつつも、このような客観性と民主性をできるところから取り入れていくことは、極めて重要である。

ただし課題もある。デジタル技術の導入は、得てして高コストであることが多い。これをクリアするためには、他分野・他部署との連携が鍵となる。人流データを収集するための装置設置コストも、取得データを複数の部署で活用できれば割安になる。Decidimも芸術分野の話をするためだけに導入するのではもったいない。商業、観光、都市、インフラ、農業などなど、複数分野で活用していけるとよい。このようにB/Cの観点から、デジタル技術は分野横断型での活用が強く求められるが、その実現に向けた複数部署との調整にぜひ取り組んでいただきたい。

スマートシティというと、最先端デジタル技術を都市に取り込むことを目的とした取り組みであると誤解している人が少なくない。しかし、スマートシティは、ありたき都市像に向けてデジタル技術の強みを活かした施策を打つという方法論である。芸術活動が都市にとって欠かせない重要なものであるならば、それを支えるためにデジタル技術を活用することは、すでにスマートシティである。次々と新しい技術や手法が開発されている分野なので、この機会にぜひ身近に感じていただきたい。


脚註

  1. 内閣府「内閣府におけるEBPMの取組」, https://www.cao.go.jp/others/kichou/ebpm/ebpm.html, 2023.3.3最終閲覧
  2. 東京大学先端科学技術研究センター(プレスリリース)「街路の歩行者空間化は小売店・飲食店の売り上げを上げるのか、下げるのか?~ビッグデータを用いた経済効果の検証~」, https://www.rcast.u-tokyo.ac.jp/ja/news/release/20211028.html, 2023.3.3最終閲覧, (対象論文:Yuji Yoshimura, Yusuke Kumakoshi, Yichun Fan, Sebastiano Milardo, Hideki Koizumi, Paolo Santi, Juan Murillo Arias, Siqi Zheng, Carlo Ratti, “Street pedestrianization in urban districts: Economic impacts in Spanish cities”, Cities, Volume 120, January 2022, 103468, https://doi.org/10.1016/j.cities.2021.103468
  3. 国土交通省(実施事業者:アジア航測株式会社, 復建調査設計株式会社)「エリアマネジメント・ダッシュボードの構築」, https://www.mlit.go.jp/plateau/use-case/uc22-028/, 2023.3.3最終閲覧
  4. 例えば、一般社団法人スマートシティ・インスティテュートが提唱する「Livable Well-Being City指標」(https://www.sci-japan.or.jp/LWCI/index.html)や、Lifull Home’s総研が公開した「Sensuous City[官能都市]」などは、人々が都市で体験する価値に注目している点で新しい。
  5. 内閣府政策統括官(経済社会システム担当)付, 内閣府 科学技術・イノベーション推進事務局「スマートシティ施策のKPI設定指針について」,  https://www8.cao.go.jp/cstp/society5_0/smartcity/01_sc_sihyou.pdf, 2023.3.3最終閲覧
  6. 内閣府「スマートシティ施策のKPI設定指針」, https://www8.cao.go.jp/cstp/society5_0/smartcity/02_sc_kpi.pdf, 2023.3.3最終閲覧
  7. 例えば、以下のようなものがある。
    佐藤徹編著「エビデンスに基づく自治体政策入門 -ロジックモデルの作り方・活かし方」公職研
    小倉將信「EBPM(エビデンス (証拠・根拠)に基づく政策立案)とは何か 令和の新たな政策形成」, 中央公論事業出版
    熊倉純子監修・編著, 槇原彩編著「アートプロジェクトのピアレビュー 対話と支え合いの評価手法」水曜社
  8. Code for Japan「Decidim」, https://www.code4japan.org/activity/decidim
  9. 加古川市「加古川市 市民参加型合意形成プラットフォーム」, https://kakogawa.diycities.jp/?locale=ja
    博報堂「shibuya good talk」, https://shibuya-goodtalk.diycities.jp

著者について

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尾﨑 信

おさき しん

東京大学大学院新領域創成科学研究科 日立東大ラボ 特任研究員 (一社)UDCイニシアチブ パートナー

2005年、東京大学大学院景観研究室修了。都市計画コンサルタント、東京大学景観研究室 助教、松山アーバンデザインセンター(UDCM) ディレクターを経て、2020年4月より現職。主なプロジェクトは、平泉の景観まちづくり(グッドデザイン賞など受賞)、東京大学キャンパス計画、大槌町「ヤタイ広場」(グッドデザイン賞ベスト100・復興デザイン賞受賞)、大槌町地域復興計画、松山市「移動する建築」(グッドデザイン賞など受賞)、山中湖村「ゆいの広場ひらり」(都市景観大賞特別賞受賞)、東京大学大学院新領域創成科学研究科スマートシティスクール。趣味は、繁華街散策とレコード収集・鑑賞。博士(工学)。


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