近年の美術館建築を見ると、無料で入場でき滞在もできる空間を広く設ける美術館が増加している。2004年に開館した美術館と交流館をミックスした金沢21世紀美術館は、その先駆的存在である。円型の美術館の外縁部を通り抜けることも、一部の展示を鑑賞することも、無料で誰しもに開放されている。また、東京の国立新美術館や大阪中之島美術館のように、エントランス空間のカフェやショップが人気を博している事例もある。しかしながら、それらの多くは、あくまでロビーや展示室の付属的な空間および機能であり、常設展や企画展の鑑賞を目的とする来訪者に対して、鑑賞前後の時間を豊かにしようとするもののように感じる。そのような美術館の潮流の中でも異色の存在が、2021年にリニューアルオープンした八戸市美術館である。ここでは、都市デザイン的戦略、サードプレイスのデザインとマネジメント、アートプログラムという3つの観点から、この美術館の特徴を考察する。
八戸市美術館の再整備とジャイアントルームの誕生
八戸市美術館は、1986年に開館し、その後施設が老朽化したため、リニューアルに向けて2016年に基本構想が策定された。そのテーマは『「アート・エデュケーション・ファーム」~種を蒔き、人を育み、100年後の八戸を創造する美術館~』であり、市民が自らの感性や創造力を高めることができるよう、市民に寄り添い、100年先を見据えてアートの土壌を耕していくというものである。そして、新たな美術館の機能として、「美術館機能」に加えて、八戸の文化政策を包括的に考え発信していく「アートセンター機能」、人も美術館も刺激をし合いながら共に感性を高めていく「エデュケーションセンター機能」を掲げた。さらには、それら3つの機能を満たす美術館施設のイメージとして、市民やアーティスト、美術館スタッフなどが交流し活動する、まるでアートの実験室のような、活気のある動的な空間としての「ワイガヤエリア」と、美術作品をじっくりと鑑賞するための、非日常的で静的な空間としての「シーンエリア」という、2つの空間像が提示された。
その後にプロポーザルを経て、西澤徹夫・浅子佳英・森純平の設計により、2021年に新たな美術館が誕生した。構想において「ワイガヤエリア」と位置付けられた空間は、「ジャイアントルーム」として実現された。約834㎡(美術館の延床面積の約2割)もの天井高約17mの吹抜け空間は、美術館のロビー空間でありながら、展示室同士をつなぐ動線の機能や、テーブルとイスからなる休憩空間の機能を果たすだけでなく、様々なイベントにも利用される、まさに多目的な空間であり、さらに、老舗の酒蔵や住民に長年愛されているホテルへの抜け道的な利用も叶う様はまちなか広場のようでもある。
八戸市の都市デザインにおける美術館の位置づけ
なぜここに八戸市美術館が、あるいは、まちなか広場のようなジャイアントルームが整備されたのだろうか。それは、八戸市によるアートのまちづくりと、中心市街地における都市デザイン的戦略を紐解くことで明らかとなる。同市の文化行政の歴史を遡ると、2006年には八戸市民により多様な文化活動を「多文化」と定義し、翌2007年を初年度とする第5次八戸市総合計画では、従来は教育行政に含まれていた文化行政を、「まちの魅力創造のためのプロジェクト群」として位置づけ、さらに翌年には、市の文化行政の所管が教育委員会から市長部局へと移管された。そして2015年には「八戸市文化のまちづくりビジョン」を、2022年には「はちのへ文化のまちづくりプラン~八戸市文化芸術推進基本計画~」を策定するなど、文化芸術を通じて豊かな市民生活を作り出していくというアートのまちづくりの方針を打ち出した。
また、都市デザインの観点に着目すると、同市の中心市街地は本八戸駅の南側に位置し、モータリゼーション以前のかつての城下町の町割りが色濃く残り、およそ300年の歴史がありユネスコ無形文化遺産にも登録されている八戸三社大祭における神輿も一寸変わらずここを通り、季節の良い時期には月に一度(第四日曜日)は歩行者天国となって屋台が並ぶなど、道路基盤と道路利活用の双方でウォーカブルなまちづくりに関する取組が見られるエリアである。しかしながら、昭和後期のモータリゼーションや商業施設の郊外立地により、中心市街地は衰退しつつあった。そこで八戸市は、公共施設の整備による中心市街地の再生に動き出す。2011年には複合文化施設である八戸ポータルミュージアム「はっち」、2016年には市直営の書店である「八戸ブックセンター」、2018年にはガラスの屋根に覆われた広場である八戸まちなか広場「マチニワ」が相次いで整備された。特に、「はっち」や「マチニワ」にはデザインにこだわって選ばれたテーブル・イスが豊富に配置され、勉強する中高生やくつろぐ高齢者の姿が多く見られるなど、市民がサードプレイス(家庭や職場とは異なる、個人が余暇の時間をくつろいで過ごすことのできる場)として親しまれている。
このような、アートのまちづくりと中心市街地再生の流れにおいて、2021年に整備されたのが八戸市美術館である。特に広場をはじめとするサードプレイスに着目すると、八戸の中心市街地には5つのサードプレイスが存在する。屋内の広場である「はっち」と「ジャイアントルーム」、半屋外の広場である「マチニワ」、そして屋外の広場である八戸市美術館の豊かな外構部であるマエニワやオクニワといった「美術館広場」と「八戸市庁前市民広場」である。これら5つのサードプレイスは、そのサイズや、屋内外という環境条件だけでなく、例えば「はっち」は館外からの持ち込みによる飲食が禁止されている一方で「ジャイアントルーム」ではそれが許容されているなど、運用形態も様々であり、多様な広場が中心市街地に集積することで、市民の自由で多様な利用を促進している。
そのようなサードプレイスの集積を都市デザインの観点から俯瞰的に見ると、八戸市の中心市街地には、5つのサードプレイスからなる「サードプレイスのコア」が存在していることが分かる。そしてそれらのサードプレイスは、美術館の展示室や、書店、市役所、公会堂などと隣接している。この構造により、無目的にサードプレイスを訪れた市民が、普段は目的を持たない限り訪れることのない施設・都市機能に出会う機会を創出しているのではないだろうか。さらにこの「サードプレイスのコア」は、表通りと裏通りを一方通行化することによって賄った見立てバスターミナルとしても機能する中心街とレイヤーが重なっているとともに、歩行者優先区間として整備されつつある都市計画道路によって本八戸駅ともつながることで、公共交通による広域的なアクセス性も良好である。そしてそれらが半径500mの範囲に集積していることにより、八戸の中心市街地は、市民とアートの距離を近づけ、求心性を高めるウォーカブルな都市構造を実現しつつあるのである。すなわち、“有目的的な公共施設や文化施設”に“隣接立地した複数のサードプレイス”へのアクセス性を支える“公共交通拠点”という3要素が徒歩圏内に集積する都市構造は、個人や世帯の経済資本や文化資本にかかわらず、あらゆる市民の文化的体験へのインクルーシブアクセシビリティを高める都市デザインになっていると想像できる。