目次
1. Placeとアートの関係
近年、中心市街地において生身の人間が出歩く、つまり歩行者の数を増やすことが、都市計画の潮流となりつつある。それは、自動車依存型の都市構造を改編し、歩きやすく!歩いて楽しい!都市空間を実現することで、歩く人の数を増やすことが、経済的・社会的・環境的、あるいは市民一人ひとりの心身の健康の面でも効果的であるためのようだ。歩行者の数を増やす上では、交通工学の観点から3つの手法が挙げられる。それは「A 来街者を増やす」「B 街での滞在時間を増やす」「C 移動手段には自動車ではなく公共交通や徒歩を使う」の3点である。この中で、Bためには、「B-1 一カ所に滞留する時間を増やす」と、「B-2 歩く時間・距離を増やす」の2つが考えられる。B-1のためには、長時間の滞在が可能となるような快適な”Place=滞留する場”と、そこで過ごしたくなる魅力やコンテンツが求められる。そしてB-2のためには、歩きやすい街路の他に、回遊の目的や休憩する場、さらには都市らしい偶然の出会いが満たされることが求められ、その意味でもPlaceは、B実現のために重要な役割を果たすのではないだろうか。そして、その役割を果たすためにはPlaceにおいて、滞留を楽しませる仕掛けや、思わず立ち止まって滞留してしまう仕掛けが肝要であり、アートはその最たる例である。日比野克彦氏は「鑑賞する人が、物から発信された情報を受け取って「ああ、なんだかきれいだな」とか「懐かしい気分になるな」など、何らかの感情が湧きあがった時、その物と鑑賞者との関係性を「アート」と呼びます。」と語っている。公開性を特徴とする環境であるPlaceでこそ可能となるアートの形とはどのようなものなのだろうか。
都市交通に関する研究の第一人者のひとりであるPeter Jones氏は、道路空間の役割をLink(通行)機能とPlace(滞留)機能の2つに整理した1)が、日本の道路法や道路交通法においては、道路のLink機能が重視され、通行の妨げとなる物体や活動については厳しい規制がなされている。そのためか、ストリートカルチャーの特徴は、「突発的、一時的、流動的」とされ2)、これもまた、ストリートが「通行のため」の空間であることを前提とした概念だと考えられる。では逆に、Place特有のカルチャーの特徴とは何か。それは、アート的活動をプログラム化し、定期的に開催することで、その活動を日常化し、集客や周辺への配慮を含む運用のノウハウが蓄積されることで、そのPlaceでこそ可能となる地形風土の上に成り立つ地域独自の文化的活動が生まれること、ではないだろうか。
そのようなPlaceとアートの関係性には、場の設えと、アート活動のプログラム化という2つの側面がある。前者は、空間やファニチャーといったハードのデザインのことであり、Place自体がアートでありながら、アートを鑑賞する場としての役割も大きい。そして後者は、アーティストを含む市民が、多様な目的でPlaceを使用することのできる仕組みや体制を整えるというソフトのデザインのことであり、関係者の合意形成やマネタイズなど、時間をかけて取り組むべき課題が多い。そこで本章では、まちなかにPlaceを創出し、そこで市民によるアート活動を展開する3つの自治体について、ハードとソフトの両面から比較考察を行うことで、公共空間の利活用によるアートの振興に向けた知見を整理していきたい。
2. Placeの創出方法とアート活動:自治体間での比較
2-1 Placeの創出方法の分類
まちなかにPlaceを創出する上では、4つの手法が存在する。それらは、「①道路上にPlaceを設ける」「②道路を恒久的にPlace化する」「③未利用地をPlace化する」という、恒常的な創出を行う3つの手法と、歩行者天国のように「④道路を一時的にPlace化する」という手法に分類することができるが、本稿では、恒常的な創出を行う3つの手法に絞って比較を行う。表1に、各手法に対応する事例について、Place創出の経緯やアートに関する取組などをまとめた。以下ではその要点について、法制度などの観点から論じていく。尚、法律に位置付けられた道路とは、道路法上の道路、道路交通法上の道路、建築基準法上の道路があるが、ここではそれらを包含するものとして、車両通行のための道路を、道路として整理する。
2-2 手法①道路上にPlaceを設ける(事例:神戸市 三宮プラッツ・サンキタ広場)
「①道路上にPlaceを設ける」とは、法制度上の道路扱いのまま、歩道上にPlaceを創出する手法である。道路法において道路は基本的に往来空間であり滞留空間として活用するためには、道路を占用するという手続きを要する。それに関して複数の規制緩和メニューがあるのでご紹介したい。一つは三宮プラッツが活用している、都市再生特別措置法による道路占用許可特例の適用である。三宮プラッツでは、占用物(路上に設置される公共性のある電柱、郵便差出箱など)の無余地性(道路以外に余地がなく、やむを得ない場合)が緩和され、公募により選定された事業者が道路の活用を推進している。もう一つは、サンキタ広場が活用している、歩行者利便増進道路(通称ほこみち)制度の適用である。この広場では、地権者である民間事業者、行政、市民によるマネジメント組織によって道路の活用を推進している。双方とも、道路である以上、活用する上では交通管理者(警察)に対する道路使用許可、及び、一定期間以上の場合は道路管理者(行政)に対する道路占用許可申請が原則イベントごとに必要となるため、現場では手続きの省力化、あるいはケーススタディを積み重ねながら管理者との信頼の構築を試みている。(なお、道路占用の規制緩和メニューとして、他にも道路協力団体制度が存在する。)
2-3 手法②道路を恒久的にPlace化する(事例:富山市 グランドプラザ)
次に、「②道路を恒久的にPlace化する」とは、富山市のグランドプラザが活用している、道路指定を解除し、道路を管理する自治体の条例によって広場として位置付ける手法である。富山市のコンパクトシティ政策の一環として、百貨店とその駐車場の間に整備された、美しいガラス屋根の在る広場であるグランドプラザは、「主役は何といっても人間であり、そこに集う人々やアクティビティそのものである。」というモットーを体現する、まさしく空地である。固定物が無く、可動式のイスや植栽によってレイアウトを自在に変えることで、様々なイベントの開催に対応している。利用に際し道路指定を解除したことで、占用許可も使用許可も不要となり、頻度も自由度も高い活用が実現している。広場竣工直後の初動期には、マスメディア催事を誘致し、アイディアとスポンサーをマッチングする事業や、子どもをターゲットとした戦略などの工夫によって、広場の認知度を多世代に急速に向上させ、その多様な活動から広場活用のノウハウを蓄積したことで、現在でも、様々なイベントが年間100件以上開催されるという、稼働率の高い広場であり続けている。
2-4 手法③未利用地をPlace化する(事例:八戸市 マチニワ)
そして「③未利用地をPlace化する」とは、八戸市のマチニワが活用しており、空き地や平面駐車場などの未利用地を広場として整備する手法である。マチニワの敷地は、祭りの山車運行ルートである表通りに面し、月に一度の歩行者天国が行われ、中心市街地の主要な公共施設である「はっち(八戸ポータルミュージアム)」と「八戸ブックセンター(市直営本屋)」をつなぐ軸線上に位置する。地元産の木材を活用したガラスの屋根に覆われた2階建ての屋内空間でありながら、気持ちの良い時期には屋外的な活用をしている広場には、「水の樹」と呼ばれるシンボルオブジェの他にも、優れたデザインのイスが並ぶ。このケースも、敷地は道路という扱いを受けないため、占用許可も使用許可も不要である。また、敷地所有者である市が運営管理も行う点で、指定管理者制度を用いるグランドプラザとは異なる。広場の活用を促進するため、マチニワの開業前から、隣接する「はっち」で培われてきた人的ネットワークを活かして、広場の運用や活用を考える市民ワークショップを開催し、また開業後は、利用希望者を対象に活用のための説明会を現地(マチニワ)で開催するといった取組も行われた。
2-5 まとめ
以上のような4つの事例は、いずれも、まちなかに市民の憩いの場・シンボル的空間を創り出すとともに、使いやすい環境をハード(空間やファニチャー)とソフト(仕組みや体制)の両面で前向きに取り組んでいる点では共通している。しかしながら、Placeの法制度的位置づけにより、空間活用における関係者の相関は異なり、それに伴って、活用の自由度も大きく異なることがわかってきた。やはり、手法①のような道路空間の活用に際しては、その自由度を高めるべく規制緩和が進みつつあるものの、手法②や③と比べれば活用への障壁や手間が多いことは明らかである。その反面、これらの手法の中で、全国的に最も汎用性が高いのは①ではないだろうか。すなわち、道路指定を解除することのできる道路や、行政の所有する未利用地がまちなかに存在する都市は限られているが、道路空間はどこの都市にも存在し、道路空間だけでも、まちなかの数十%の土地を行政が所有しているという見方(実際に神戸市では、行政区域の約31%を道路が占めている)もできる。そこで次節では、神戸市の公共空間とアート活動に関する取組に焦点を当ててみたい。