プロジェクトスタディ

港まちに息づくアートプロジェクトと小規模多機能型拠点(名古屋)


まちの日常にじわじわ広がる活動

アートプログラムがきっかけとなり、日常的な来訪者や活動の担い手がじわじわと増え、その輪が広がっていくこともある。

こんにちは!  港まち手芸部です。

2016年にスタジオプロジェクトに参加したアーティストの宮田明日鹿は、その後まちの有休物件に自らのアトリエを構えた。そして協議会の提案公募型事業の制度も活用しながら、制作活動とは別にまちの編み物自慢のおばあちゃんたちと「港まち手芸部」の活動を立ち上げ、共通の興味を持つ者の集いと学び合いの場づくりが日常かつ長期的に展開することとなった(2017年から継続中)。

活動場所は、港まちポットラックビル1階の「ラウンジ・スペース」のほか、UCO、NUCOなどその時々で、制作物の展示会や町外への出張活動なども行っている。なおその活動が評価されたことにより、宮田氏は2022年に行われた国際芸術祭「あいち2022」に参加し、「有松手芸部」を立ち上げた。港まちでの活動も紹介し、新たな交流が生まれた。

まちの社交場「NUCO」

まちの社交場「NUCO」は、アッセンブリッジの開催後も運営に興味を持つメンバー20人程度の手で週3日程度のカフェ営業を継続している。居心地が気に入ったり、そこでの人との出会いを期待していたり、場づくりに興味が合ったりとその動機は様々だ。完全な仕事ではない主体性のあるメンバーによりつくられる雰囲気は暖かく、またまちの喫茶店等とも共存関係を築きやすい。

また、喫茶の提供が可能で親密な雰囲気もつくりやすく、少人数でも利用しやすい空間は、「港まち手芸部」などの部活的な活動や、読書会・勉強会などの小規模なイベントを開催しやすい。運営メンバーや、ここに出入りする学生などによる企画受け入れの場にもなっている。例えば第2・第4金曜日は、中学生から18歳を対象にしたフリースペース「パルス」という場づくりの活動が行われており、普段の生活とは異なるつながりや、学校とは異なる学びの機会を得ることができる場となっている。

これらのようにプロフェッショナルなアーティストやクリエイターらによる企画だけではなく、地域の住人や来訪者など多様な人々の「何かやりたい」「表現したい」という気持ちを受け止め、背中を押し、見守ってくれる人がいるという環境は、ささやかな機会であり、空間としては小さくても、「はじまりの場」としての可能性に満ちており、存在として大きいはずだ。

活動の特徴と実現の背景、担い手の存在

ここまで紹介してきたように、港まちではMAT, Nagoyaのスタートから、まちづくりとアートプログラムが影響し合いながら展開している。そして日常を支えているのは点在する小さな拠点群である、という点が特徴だ。

また、これができている背景についても触れておきたい。まず協議会のまちづくり活動については、先述した通りMAT, Nagoyaが始まる前から、地域や人を知る活動やビジョンづくりを重ねてきている。

同じ市内の先行例にもよく学んでおり、古い街並みを残しながらリノベーションで新たな参入者を増やした円頓寺商店街や、国際芸術祭「あいちトリエンナーレ」の街中会場となったことをきっかけにアートを活用したまちの活性化を実現した長者町の関係者を招いた勉強会なども行っていた。

ちなみに吉田氏をはじめとして、MAT, Nagoya初期の活動を支えたスタッフやアーティストの中には、あいちトリエンナーレの現場や長者町で活躍をしていた人が多く、その知見や実感を生かしながら取り組めたことも大きい。そもそもそのような知見を持つ人材が同市内に複数人いたこと自体が、非常に良いタイミングであった。ビジョンと計画、仕組みや予算があっても、それを形にできる担い手が揃わない状況が各地の現場で課題になっていることを考えると、港まちは幸運でもあったのだ。

KOSUGE1-16《長者町山車プロジェクト》:吉田氏がアシスタントキュレーターとして携わっていた、「あいちトリエンナーレ2010」長者町会場で行われたプロジェクト。その後も地域のお祭りに必要な山車として、作品が維持・使用されている(コロナ禍では自粛)。

まちと関わる小規模多機能型文化拠点の可能性

最後に、まちと拠点の関係について私見を述べておきたい。近年では、各地にまちと関わる小規模多機能型の社会教育施設や文化施設、交流まちづくり拠点、アートセンター等が増えているが、冬場などニーズが少ない時に負担になりがちな管理運営費や、公平な貸出サービスの提供を優先しようとする場合の手数(※)は案外膨らみがちだ。

※例えばルールメイキングやその説明、料金計算や出納、利用者に空間や設備を使いこなしてもらうためのレクチャーや、アフターケア等。

港まちに複数点在する拠点で起こっていることを見ると、整備や管理に関わるコストを潔く削りながらでもできる小規模多機能型を結果的にまち全体で実現しているようにも見えてくる。それぞれの空間が小さくても、それが複数あることで必要な面積は確保できるし、増減もしやすい。実際に、アッセンブリッジやブロックパーティーのような大きなイベントごとの際には、活動のための空間を一時的に増やし、公共空間についても積極的に活用している。競艇の売上という減資の性質上、予算が減り続けているという状況を考えても、港まちにはこれが合っているのかもしれない。

また点在型であることで、ひとつの建物で活動や来訪者の行動が完結しづらく、自ずとまちを知る活動、しみ出す活動、はみ出していく活動も増えていく。まちとの接点が増えることで、来訪者や生活者の行動が少し変わっていく。

「今日は何のイベント?」「お茶会にあの子が来てたよ」「どちらから来たの?」そんな会話が自然に聞こえてきそうな状況は、仕事のためだけに住まいを決めがちな現代の都市部で失われている、本来のまちの姿ではないだろうか。高齢者や共働き・核家族世帯の増加が進み、不足しがちなまちの世話役にアートプロジェクトに関わる人々が加わっているようにも見えてくる。

サードプレイスを別のまちに求める人も増えてきているが、我々は本来、ただまちに「住む」だけではなくて、豊かに「暮らす」場所を求めているのだ。まちと関わる文化拠点のあり方はそれぞれにあるだろうが、港まちのあり方はそのいち例であると言えるだろうし、学ぶべきことが多い。

「港まち手芸部」宮田氏の活動を例に取り、吉田氏は語る。「作品自体は街を変えていないけれど、新しいコミュニティが生まれ、彼女の存在が街に少しの変化をもたらしています。」

写真提供:港まちづくり協議会、Minatomachi Art Table, Nagoya [MAT, Nagoya] 、アッセンブリッジ・ナゴヤ実行委員会、港まち手芸部

撮影:石田亮介、今井正由己、冨田了平、三浦知也、ほか


参考:

港まちづくり協議会刊行物

  • 港まちづくり協議会報告書
  • ぶらり港まちBOOK
  • アッセンブリッジ・ナゴヤ2016-2020|ドキュメント
  • こんにちは! 港まち手芸部です。日々の記録2017-2019
  • み(ん)なとまちVISION BOOK 2019-2024

著者について

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橋本 誠

はしもと まこと

一般社団法人ノマドプロダクション 代表理事

1981年東京都生まれ。埼玉・岡山育ち。横浜国立大学教育人間科学部卒業。フリーランスとして活動(2005〜)。東京文化発信プロジェクト室(現・アーツカウンシル東京)で「東京アートポイント計画」の立ち上げを担当(2009〜2012)後、一般社団法人ノマドプロダクションを設立(2014)。Tokyo Art Research Lab 事務局(〜2017)。NPO法人アーツセンターあきた プログラム・ディレクターとして秋田市文化創造館の立ち上げにも携わる(2020〜2021)。多様化する芸術文化活動と現代社会をつなぐ企画・編集、調査・コンサルティング、人材育成・中間支援等を手がけている。主な企画に都市との対話(BankART Studio NYK/2007)、KOTOBUKIクリエイティブアクション(横浜・寿町エリア/2008~)、生活と表現(東京・台東区/2015〜)、EDIT LOCAL LABORATORY(2019〜)など。など。編著に『危機の時代を生き延びるアートプロジェクト』(千十一編集室/2021)。共著に『アートプラットフォーム』(美学出版/2010)、『これからのアートマネジメント』(フィルムアート/2011)など。 http://nomadpro.jp


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