愛知県名古屋市の名古屋港を含む港まちを舞台として、2015年から継続的に開催されている「Minatomachi Art Table, Nagoya [MAT, Nagoya]」というアートプログラムがある。また、2016〜2020年には、音楽と現代美術のフェスティバル「Assembridge NAGOYA(アッセンブリッジ・ナゴヤ、以下:アッセンブリッジ)」が毎年開催され、それを引き継ぐ「アーティスト・イン・レジデンス(Artist in Residence)=AIR」を中心とした活動も行われている。実施にあたりその母体となっているのが「港まちづくり協議会(以下:協議会)」だ。
本稿では、日頃からこの港まちはもちろん、各地の芸術祭・アートプロジェクト等を視察・取材しつつ、その企画・運営方法を学ぶ講座や勉強会等の開催、背景となっているその地域の文化的環境や担い手、政策の研究等を行っている著者が、プログラムの立ち上げから現在までその中心を担ってきた吉田有里(アート・コーディネーター)への追加インタビューを行ったうえで、その概要と継続的な運営の仕組み、特徴やポイントなどを紹介する。
概要
MAT, Nagoyaの取り組みや関わりのあるプロジェクトは、現代美術を中心としたアーティストによる展覧会等の開催、アーティストに創作活動の場を提供するスタジオプロジェクト、トークイベントやワークショップ、屋外ライブ、空き家再生、ブロックパーティー、ブックフェア、学童保育へのアーティスト派遣など多岐にわたる。拠点となるのは港まちポットラックビルをはじめとする、まちに点在する複数の施設だ。
これらに、地域の暮らしや集いの機会づくり等につながる協議会の他の取り組みや、市を中心とした実行委員会形式で開催されるアッセンブリッジなどのプロジェクトが相乗効果を高めるべく絡み合う。まちの有休空間を継続的に、あるいは一時的に活用し、住民や来訪者へ文化的に豊かな体験や地域資源との出会いを提供したり、自ら考えたり活動する機会を提供する。
MAT, Nagoyaの「Table(テーブル)」という言葉が多様な意味を持つように、まちの中でさまざまな意義や表現をもった媒体になりたい、という考えが込められているそうだ。
主要拠点
はじめに、MAT, Nagoyaの始動と合わせて整備された拠点「港まちポットラックビル」のほか、そこから徒歩圏に点在する、活動を支える複数の拠点を紹介する。いずれもまちの有休施設を活用したもので、必ずしも一斉に整備・使用されているわけではなく、順次整備され、使用→終了したり、機能が他へ引き継がれたりもしているかたちだ。
港まちポットラックビル
商店街の旧文具店ビルを再生した拠点。5階建てで、1階「ラウンジ・スペース」は港まちの情報を発信し、まちづくりやアート関連情報の閲覧ができる。簡易なイベントや展示を行うスペースとしても活用している。2階「プロジェクト・スペース」や3階「エキシビション・スペース」ではクリエイティブな視点を取り入れたまちづくりやコミュニティ活動に関わるイベントや展覧会、現代美術を中心とした展覧会等を行う。4階は協議会オフィス、5階は倉庫となっている。
ウィンドウギャラリー
港まちポットラックビルと港まちがつながりやすくなることを狙い、活動の様子が外からも見えやすいガラス扉を持つウィンドウギャラリーを整備、運営。旧・ボタン店を改修した「ボタンギャラリー」(〜2016〜2018年)。公設市場の一角を活用した「スーパーギャラリー」(2020年〜)。改修・企画監修はアーティストの渡辺英司が行っている。
まちの社交場「UCO」→「NUCO」
2015年に行われたアッセンブリッジのプレイベントでアーティストユニット・L PACK.が改修作業を公開しながら使用開始。その翌年に建築家・米澤隆も中心となり、「空き家再生プロジェクト」の一環としてプロジェクト参加者と共に再生を行った旧・飲食店(潮寿司)が、カフェを中心に人びとが集うまちの社交場「UCO(ウシオ)」としてアッセンブリッジ会期中オープンした。再生にあたっては、構造家や工務店の協力を得て耐震壁を建てることとなったが、材料をホームセンターで入手できるものとするなどしながら、後に想定される他の物件の再生を視野に入れたノウハウの蓄積を行った。
「UCO」はアッセンブリッジ会期後も、運営メンバーを募りながら継続的に営業。簡易なイベント会場としても活用されていた。2018年に取り壊しとなったため、目の前の空き家を再生し(部材の移設を含む)、新たな拠点「NUCO(ニューシーオー)」として運営している。
旧・名古屋税関港寮
税関職員の研修のための旧・寄宿舎をアッセンブリッジ開催のための展示会場やアーティストの滞在・レジデンス施設として2016年から使用開始。将来的な土地の活用を目的に国から物件を購入していた所有者の理解を得て、長期的な活用を前提とした整備や用途変更(※)を行っている。
※図面を引き直し、区画ごとに機能を定め、特定社員だけが使用していた研修寮から、不特定多数が集会し、宿泊することもできる特殊建築物(美術館兼寄宿舎)としている。元々の建築用途を生かし、大々的な工事は不要であった。また用途変更の申請先は市であるが、活用主体も市であったことから事前の相談・確認を担当部局間で行いやすい条件だった。